演出家・河毛俊作インタビュー「時代に合ったドラマは必ず生まれる」『営業部長 吉良奈津子』演出

特集・インタビュー
2016年09月20日

松嶋菜々子さんが3年ぶりに連ドラ主演を果たしたドラマ『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ系)。40歳手前で結婚・出産し、3年間の育児休暇を終えて職場復帰した奈津子(松嶋)が、新たに配属された営業部の部長となり、さまざまな問題に直面しながら家庭との両立に奮闘するさまを描いた“働く女性”の奮闘記。演出を手掛けている河毛俊作さんに演出のこだわりや、近年のドラマ界に対する胸の内を聞きました。

時代に合ったドラマは必ず生まれる

『営業部長 吉良奈津子』

――『営業部長 吉良奈津子』の演出で特にこだわっているところは?

この作品は単なるお仕事ドラマじゃなくて、吉良自身の母として妻としての葛藤もあれば、平和な家庭に突然、伊藤歩さん演じるベビーシッターという異物が入ってくるというサスペンス的な要素もある。ですから、吉良を演じる松嶋さんの立場や状況によっての表情の違いにはこだわって撮影していますね。あとクリエイティブディレクターを演じる松田龍平君との2人のシーンの独特の空気感。龍平君が醸し出すテレビ的ではない空気感を大事にしながら松嶋さんの持つ王道感と融合させて、2人の間の微妙な関係性を描いていくということですね。

――ジャンルミックスのドラマにしようと思ったのはなぜですか?

海外ドラマだとこういうジャンルミックスって当たり前じゃないですか。何年にもわたって放送するからいろんな要素を入れ込める。今の視聴者はそういう作品を見慣れているから、単なるお仕事ドラマやホームドラマだと物足りなく感じる気がするんです。もちろん、全10話でそれをやるのは大変だし、広げた風呂敷をきちんと畳むのは非常に難しいんですけど、そこは挑戦していかなきゃ戦えなくなりますから。

――河毛さんは80年代後半から90年代にかけてトレンディドラマを生み出し、若者たちの間でドラマブームを巻き起こしました。当時と比べると今のテレビドラマが置かれている状況は大きく変わったと思いますが、ドラマ界の現状をどう思われます?

簡単に言うと、テレビが娯楽や情報収集の中心だった時代は終わったということです。インターネットやSNSの普及によってドラマの作り方が変わったことは間違いありません。今はドラマにとって第二の過渡期のような気がするんですよ。僕がディレクターを始めたころが最初の過渡期で、ファッションや音楽などの流行の発信源になれるようなドラマを作りたいと思った。そこで生まれたのがいわゆるトレンディドラマです。そのころはドラマが流行の中心だった。時代は巡って、今ドラマは低迷期に入っていると言われ、昔のような影響力も持たなくなってしまった。今って誰でも簡単に映像を作って、それを公に配信できるじゃないですか。プロの作った映像と素人の作った映像が同じ土俵に並べられ、さあどっちが面白いと問われてしまう時代になった。プロが知恵と技術とお金を使って作ったものより子供や犬のハプニング映像のほうが面白いと言われても、それって本来比べるものじゃないですよね。シンプルな出落ちのような映像ばかりを面白がっていると、そのうち人間は物語を喪失してしまうのではないか…それがとても気にかかります。

――確かにそれを読み解く力がなければ、どんな素晴らしい物語も理解することはできないですもんね。

そうなんですよ。決して素人の作るものに価値がないということではなくて、それとは別に圧倒的で普遍的な価値を持つ、例えばモーツアルトの音楽みたいなものが、多くの人々に理解されることなく埋もれていってしまう危険性がある。映画で言えば「市民ケーン」のような作品ですね。僕らは先輩方の作ったドラマを見て、そこで人生を学ぶみたいな経験をしてきたわけだけど、そういう作品を小難しいとか面白くないという理由で誰も見なくなるかもしれない。面白くないんじゃなくて、面白さが理解できないだけなのに。これは非常に怖いことですよね。

――見る側の変化だけではなく、作り手側の変化のようなものも感じますか?

若い演出家たちの映像感覚は絶対僕ら世代より優れていると思うんです。ただ、役者という生身の人間の動かし方が今ひとつ分かっていない。自分の思い描く映像どおりに役者は動けるものだと思っちゃってる。でも、人ってそんな都合よく動いちゃくれないんですよ。例えば、ここで振り向くという動作一つとっても、そのためのエネルギーが必要で、演出家はそれを役者に与えなければならない。泣くシーンだったら涙がこぼれるようなエネルギーを役者とのコミュニケーションを通して積み上げていく…そういうアナログ的な作業が実はとても大事なんです。そういう作業を全くせずに「はい泣いて」って言っても、役者は泣けないですよね。

――そういう演出家が多くなると役者も段取り的な芝居しかできなくなりますよね。

そうですね。感情のピークだけをどう誤魔化して演じるかというつまらない芝居になってしまう。それは非常にまずいですよね。

――先ほど、ドラマの作り方自体も変わったとおっしゃいましたが、具体的にはどういうことなんでしょうか?

ネットの普及により配信でドラマを見るという人たちが非常に増えましたよね。配信や有料放送のドラマだと1話の尺の長さや話数にも比較的自由があって、作品に適した長さで作ることができる。あと表現自体の規制もゆるいですから、結構制作側の思うように作れたりするんです。

――そう言えば河毛さんは、WOWOWの連ドラ枠「ドラマW」の一番最初の作品の演出をなさってますよね。

『パンドラ』(08年)ですね。あれも『営業部長 吉良奈津子』と同じ井上由美子さんの脚本作品でした。あれは制作が共同テレビだったからフジテレビに所属している僕が演出できたんですけど、面白かったですね。「今回、5分長くてもいいかな?」って言ったらOKになる。そんなの地上波のドラマじゃありえない(笑)。あの自由度があればもっともっと面白いドラマが作れるなと思いました。フジテレビも将来を見据えたら有料放送や配信の在り方というのを真剣に考えなきゃいけないなと。つまり、ドラマ離れだとか言われてますけど、それって1クールのドラマを生で見ている人が少なくなっただけで、多様化する見方の中でドラマを好きで見てる人は昔と同じようにたくさんいると思うんです。今後、配信が主流になっていけば、当然ドラマの作り方も変化するし、テレビの地上波ではできない面白い表現もどんどん登場してくるでしょう。そういう意味で過渡期なわけで、時代に合ったドラマというのは必ず生まれるし、僕らは生き残るためのそれを探していかなきゃいけない。そのためにはどんなプラットホームにも対応できる演出力が必要になってくる。過渡期には強いので、まだまだ頑張りますよ(笑)。

 

PROFILE

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河毛俊作
●かわけ・しゅんさく…1952年生まれ。東京都出身。主な演出作品は『抱きしめたい!』『ナニワ金融道』シリーズ、映画「星になった少年」など。


OA情報

『営業部長 吉良奈津子』
フジテレビ系 毎週(木) 後10・00~10・54

 

●text/蒔田陽平