
TBS×U-NEXT×THE SEVENの3社によるグローバルプロジェクト『ちるらん 新撰組鎮魂歌』で主演を務めた山田裕貴のインタビューが到着した。
本作は、幕末の京都を舞台に、最強のサムライ集団・新撰組の志士たちの荒々しくも熱い生き様を、ド派手なアクションと、史実に基づきながらも大胆な解釈で描いた人気コミック「ちるらん 新撰組鎮魂歌」(漫画:橋本エイジ 原作:梅村真也)を実写化。
5月9日からは『Song of the Samurai』のタイトルで、世界100以上の国と地域で配信され、アメリカの配信サービス『HBO Max』のデイリーTVランキング部門で最高順位5位を記録した。
◆海外レビューで「現代サムライジャンルの新たな名作」などと好意的な評価が続いていますが、山田さんのところにはどのような形で届いていますか?
山田:色々なところから聞こえてきていますが、一番ダイレクトに届くのは森井輝プロデューサーからの連絡です。嬉しそうに「ランキング5位!」みたいな感じで教えてくださるのが、僕もうれしくて(笑)。「世界100カ国以上で配信される」と言われても、どれだけのことなのかわかっていないところもあったのですが、こうして数字として見るとやっぱりすごいなと実感が湧きましたね。
それは僕らの頑張りだけじゃなくて、日本のカルチャーや伝統に対しての関心の高さがあってこそだと思います。ソードアクションとか、刀、サムライといったものが、日本独自のものとして世界を魅了しているんじゃないかなと。さかのぼれば、黒澤明監督の時代劇は『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカス監督をはじめとした、多くの海外の監督に影響を与えたという話もありますし。サムライたちの生き様は、いつの時代も胸を打つんだと思います。
◆刀一本を手に、自分の信念のために命をかけて戦う。そんなサムライスピリッツに、なぜ人は引き付けられるのでしょうか?
山田:やっぱり本気だからじゃないでしょうか。僕は、本気な人ってかっこいいと思うんです。それがたとえ、うまくいっていても、いなくても。現代は『ちるらん』で描かれた時代と違って、すぐに命を奪われるような場面は少ない。それでも一生懸命に生きている人、頑張っている人って、やっぱりかっこいいです。そう考えると、本当に明日死ぬかもしれないという覚悟を持って、自分の“誠”のために戦っていた人はどれほど全力だったんだろうと思います。
◆江戸幕府の終焉に向けて、時代が大きく変わろうとしていくなかで、新撰組は侍として生きることにこだわり続けていたように見えました。そんな侍の生き様について、どのように感じられましたか?
山田:本物の侍を見たわけではないので、侍とは何かを語る資格はないのですが、それでも土方歳三という役を通して疑似体験をしてみて、あの生き方はすごく好きだなと思いました。
刀に懸ける思いというか。たとえば、刀を交える前にお互いに名乗るのって、自分が斬った相手のことを覚えておくためでもあるんですよね。その名を背負って、また挑む。そうして、世の中を良くするんだと信じて。
もちろん家族のために戦っていた人もいただろうし、私利私欲のための人もいたかもしれない。人それぞれの理由から刀を振るっていた中で、もしかしたら歳三は、自分が向ける刀の先が最初はわからなかったんじゃないかと思うんです。
ただただ強くなりたい。でも、どうしたらいいかわからない。「最強になりたい」と思っていたけれど、そもそも「最強って何なんだっけ」と思う瞬間があったんじゃないのかなと思います。それは僕も同じで。俳優として、芝居がうまくなりたい。いい役者になりたいと思って始めたけれど、何をもっていい役者なのか、あるいは芝居がうまいということなのか、わからなかった。
世の中は簡単には変わらないし、動かない。「じゃあ、僕は何のために生きているんだ」と思う日もたくさんあって。それが土方にとっては刀で、僕にとっては芝居だった。違いはそこなのかなと思います。でもそこに、家族がいた。新撰組がいた。殿がいた。仲間がいた。そのなかで、もらうものがあって、感じ方が変わっていくんだと思います。
最終的には、自分の生き方はこれで正しかったんだよな、と疑いながら、それでも自分を認めてあげるために戦っているような気がします。正しいはずだと信じながら。そこにはきっと、悔いも何もないんだろうなと思うんです。
◆山田さんご自身の人生とも重なる部分があったんですね。
山田:そうですね。侍ではないけれど、そういう感覚は少しあるのかもしれないです。僕もそれこそ「俳優になれなかったら死も同然」だと思って東京に出てきたので。もう一生帰らないつもりで出てきたんです。仕事で時間がある時に顔を見せるくらいで、泊まるのも、自分の部屋に入るのも嫌で、立ち寄ってもすぐ帰るようにしていました。正月も含めて。「俺は家を出たんだ」という気持ちで俳優になろうと思ってきたから。
ときには「もっと帰っておけばよかった」と思う瞬間もあります。帰らない間に亡くなっていく人もいるから。でも、悔いはないんです。自分が決めたことだから。その生き方を自分で認めてあげるには、亡くなった人、僕にとっては親父なんですけど、そういう人たちに向けても、僕がいい芝居をすることなんです。
土方歳三で言えば、いい戦いをすること。新撰組としていい生き方をすること。それが死んでいったあいつらにとっても報われることなんだろう、と信じている。侍として、ということで言うなら、そういう感覚なのかもしれないです。
◆改めて山田さんの人生と、土方歳三という役が必然的に出会っているようにも感じました。
山田:そこが自分でもよくわからなくなる瞬間があるんです(笑)。無意識に結びつけてしまっているのかもしれないし、そういう思いで演じたからかもしれないし、そこは本当にわからないんです。でも、僕はそう思っています。
◆役や作品に対しての思いを、共演者同士で話すこともありましたか。
山田:あります。今回の作品の中でも、撮影中にみんなで色々話しましたし、共演者それぞれが違うものを背負っていたのを感じました。この作品で「俺という俳優がいるんだと知ってほしい!」という気持ちの人ももちろんいたと思いますし。(宮﨑)秋人でいえば、養成所が一緒で、初対面のときに「あんたに負けねえから」と言われた思い出があって。それで、僕が主演の土方歳三で、彼が藤堂平助でっていうところにも、複雑な気持ちと、「やってやろうぜ!」っていう気持ちもありました。一人ひとり、この作品に懸ける思いがあったと思うんです。
だからこそ、何より僕は、みんなにこの作品で幸せになってほしいんです。そのためにいる、という感覚がある。土方歳三を生き抜くのは、みんなのためだという感覚。『ちるらん』が「すごい」と言われるほど、みんなも「すごい」ということだから。まだ、どこかで「よかったね」とは言えないのは、そこなんです。原作には続きがあるし、まだ、続編ができるかどうかはわからないけれど、終わりじゃない。終わっていない。
みんなでやりきって、すごい作品になって、世界でもすごいことになって。現場では、バカみたいだけど、「みんなで『紅白』とか出ちゃったらどうしようね」なんて話もしていました。方向性は違ったとしても、みんなそれぞれに「こうなったらいいな」を絶対に持っているはずなんです。
それは、スタッフさんたちにとっても。「え、あの『ちるらん』をやっていたの? すごいね」と言われたら、それは幸せなことじゃないですか。そういうことが、関わった全員に起きてほしいし、それが新撰組を背負うっていうことにも、リンクするんじゃないかなと思っています。
◆『ちるらん』では「たぎる」がキーワードとして印象的に響きます。『ちるらん』を見た人が、自分の人生をたぎらせるためのヒントはありますか?
山田:僕としては、見てくれた人の心にひとつ、火を焚べられたらいいなという気持ちです。色々な人がいるから、「こう生きてください」と言うのはおかしいし、その人が大切にしている生き方を、その人なりに大切にできることがすべてだと思うんです。
なので、『ちるらん』を観てシンプルに「こんな生き方ができたらかっこいいよな」と思ってくれたらうれしい。アクションを見て「すげえ、かっけえ」でも「鴨、メロい!」でもいい(笑)。その瞬間が楽しかったり、つらいことを忘れられたりする時間になれば、それでいいと思います。
でも、そこから何かが生まれる人も、きっといると思うんです。ほんの一握りかもしれないけれど、「あれを見て、俳優になりたいと思いました」とか、「こういう作品を作りたいと思いました」と言ってくださる役者や監督、脚本家が現れるかもしれない。10年後、20年後に、若い俳優さんが「実はリアルタイムでは見ていないんですけど」と言ってくれるかもしれない。そうなった時点で、この作品はきっと成功しているんです。
僕がいちばん大切にしているのは、この作品は、この仲間がいたからこそできたんだということです。それが伝わってくれたら嬉しいです。
◆全力で生きていたら、全力で生きている人と出会える、ということなのかもしれませんね。
山田:そういう準備をしてきたつもりはないのですが、一生懸命生きていたらこうなった、という感じです(笑)。だから、きっと「最強になりたい」とか「いい役者になりたい」というのも、目指してなるというよりは、気づいたらなっているものなんだと思うんです。
僕も昔は、「最強になりたい」って思うあまり、「自分以外の俳優がいなくなれば、僕が出られるのに」くらいの闇を抱えたときもありました。でも、そうじゃないんだって。作品は総合芸術なんだってことに気づいて。みんなが報われる作品にしたい。僕が主演をやるとなったら、もうそれしか考えてないと思ってください。
◆もしかしたら、新撰組のみなさんもそうだったのかもしれませんね。
山田:多分、そうだと思います。最初は「こいつらを守りてえ」だけだったと思うんです。でも、隊士が増えたから問題もいろいろ起きた。「人間って面倒くせえな」とも思う人も出てきたと思う。だから、もし僕が土方歳三の人生を死ぬまで演じたら、なんか1回、自分も死ねたような気分になるんじゃないかなと思うんです。そして、また生まれ変わるような感覚になるんじゃないかなと。
そこまでやらせてもらえるのは、見てくださるみなさんがいないとできないので、いっぱい見てほしいですね。再生回数、ぶっちぎってください。そして、僕が歳三として散る姿を、みなさんの手で世界に届けてください。















