岩松了インタビュー「同じ台本と演出でも役者が変われば受け取る印象も大きく変わる。そのことをより強く感じられる作品だと思います」

特集・インタビュー
2021年03月20日

2020年、本多劇場で開催された岩松了作・演出の最新舞台「そして春になった」がCS衛星劇場にて放送される。通常の演劇スタイルとも、朗読劇とも表現できない演出に、上演直後から大きな話題となった本作。自ら「新しい演劇の形が生まれた」と語る岩松了さんにお話を伺った。

◆2020年の「そして春になった」は、上演前からご自身にとっても“新しい演劇の形”だとおっしゃっていました。

台本を書き始めた段階で、朗読劇のようであり、でも役者も動くものにしようと想定していました。ただ頭の中でイメージはできていたのですが、稽古を重ねていく中で、“これは何て言い表せればいいんだろう?”と、なかなかいい言葉が見つからなくて。実際に公演をご覧になった方からも似た感想を頂きましたので、あらためて新しい演劇になったなと感じています。

◆映画監督の妻とかつて愛人だった女優による2人だけの芝居で、かつ、それをダブルキャストで見せていくという手法も興味深かったです。

ダブルキャストにしようと提案したのは僕でした。台本を書く前の打ち合わせの時に組み合わせを変えれば違った印象のものが生まれるかもしれないと思いまして。朗読劇の「ラブ・レターズ」がそうですよね。男女のペアを変えて何十年も上演され続けています。特に今回の作品は役者が変わればいろんな可能性が広がるなと思ったんです。本当は3組でという提案をしたのですが、さすがそれは多すぎると却下され、今回の2組になりました(笑)。

◆松雪泰子さん×ソニンさん、片桐はいりさん×瀧内公美さんというキャスティングはどのように決めていかれたのでしょう?

松雪さんとはいり、それに瀧内は、過去に僕が一緒に舞台を作ったり、共演したことのある方々です。今回はあえてキャストたちの衣装を近づけているので、シルエットが似ている松雪さんと瀧内は別々のペアにし、そこからバランスを考えて組み合わせていった感じですね。また、ソニンさんとはこれが初めてでした。数年前に見た「1789 –バスティーユの恋人たち」という舞台でものすごく気になる存在だったので、いつかご一緒したいと思っていたんです。

◆そこまでひかれた要因とは?

それが最初は分からなかったんですよね(笑)。その時は失礼ながら、名前すら存じ上げなかったのに、気がつくと舞台上の彼女を目で追っていて。ただ今回演出をしてみて分かったのが、ソニンさんは発することが得意なんです。役者というのは大きく分けると“受け”が得意な人間と、“発する”のが得意な人間がいるのですが、ソニンさんは発する力を強烈に持っている。きっと人目を引かせる力が自然と体の中に組み込まれているのではないかと思います。もちろん観客の視点で言えば “控えめな役者が好き”という意見もあるでしょうけど、彼女の場合はその両方を持っていますし、振り幅も大きい。そこが魅力なんでしょうね。

◆なるほど。演出面についてもお聞きしたいのですが、先ほど話題に出た「ラブ・レターズ」は一度だけ稽古をして本番に臨むという決まりがあります。今作はどれくらい稽古を重ねられたのでしょう?

「ラブ・レターズ」は椅子に座って朗読をするので、動きがないんです。でも僕のこの作品はずっと動いているので、それなりの時間をかけて作っていきました。とはいえ、コロナ禍という問題や2組分の稽古をしなくてはいけないこともあり、通常よりも少なかったのは確かです。また役者には「せりふを覚える必要はない」と伝えておいたのですが、役者にしてみれば、動きがある以上、感情も含めて、“お客さんに見られてもいい”という状態まで持っていかなくてはいけない。その準備のための時間は必要でしたね。

◆舞台を拝見しましたが、同じせりふで、同じような動きをしているのに、2組から感じられる感情はまるで違うものでした。特に、せりふ(会話)の中にしか登場しない男(夫/不倫相手)の印象が大きく違ったことに驚きました。

そうですね。目の前にいない第三者の人物像というものは、語り手によって大きく違ってくる。それがよく分かる非常に面白い舞台になったなと思います。ただ、僕自身はあえて2組の印象を変えようと思って作ったわけではないんです。むしろ、稽古をしている時はひたすら “同じふうに”と思いながら作っていました。それでも結果的に違いが出てしまったのは、僕にはまとめることができなかったという査証なのではないでしょうか。もちろん同じように作ったものがご覧になった方に違って見えるのは、演劇的には非常にいいことだと思いますけどね。

◆コロナ禍の影響で稽古にも制限が出てくるというお話がありましたが、作風に関してはいかがでしょう? 今後の作品のテーマなどに何かしらの影響が出ると感じていますか?

僕はそんなに関係ないと思いますよ。ネタの1つとして作品の中に盛り込むことはあるかもしれませんが、劇作に関してこれが何かしらの契機になるとは思わないです。ただ、将来的なことを言えば、コロナとは全く関係のない話ですが、僕自身はこの数年で演劇に対する考え方がいろいろ変わってきているというのはあります。

◆それはどのような変化なのでしょう?

極端な言い方をすると、これまでずっと1人でやってきたものが、“…いや、これはみんなで作っているんだ”というふうに思えるようになったんです。しゃかりきに自分でホンを書いて、演出をしてきたつもりでしたけど、…なんと言いますか、ちょっとは他人の力を利用することの豊かさにやっと気づいたところがあります(笑)。すごくおこがましいことなんですが。そんな話を少し前にちらっと風間杜夫さんにしたら、「何いってんだ、今ごろ!?」って言われましたけどね(笑)。

◆それは役者やスタッフをもっと信用していいと思えるようになったということなんでしょうか?

もちろんそれもあります。ただ逆にいえば、期待すればするほど“信用できないな”と思うことだってあるわけです。でも、それも含めて成り立っていくものなんだなと思えるようになったんです。いえ、もちろんこれまでだって“芝居はみんなで作っていくもの”というのは、言葉では分かっていましたよ。分かりながらも、最終的には1人で苦しんでいた気がして。でも、もうちょっと引いて物事を考えていいんだなと、そう思えるようになった昨今ですね。

PROFILE

●いわまつ・りょう…1952326日生まれ。長崎県出身。劇作家、演出家、俳優、映画監督。1989年、「蒲団と達磨」で岸田国士戯曲賞受賞。近年は2018年に「薄い桃色のかたまり」で鶴屋南北戯曲賞を受賞した。2021413日(火)スタートのドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ系)に出演。また、出演映画「シン・ウルトラマン」の公開が控えている。

作品紹介

M&Oplaysプロデュース『そして春になった』」

CS衛星劇場 2021320日(土)後500615 出演:松雪泰子、ソニン
CS衛星劇場 2021327日(土)後500615 出演:片桐はいり、瀧内公美

STAFFCAST
作・演出:岩松了
出演:松雪泰子、ソニン/片桐はいり、瀧内公美

STORY
映画監督の別荘は別荘地の林の中にあった。別荘の窓からは湖が見え、その岸辺には一本の木が立っている。監督の妻(松雪泰子/片桐はいり)と愛人であった女優(ソニン/瀧内公美)は、かつてこの別荘で互いを憎しみの目線で伺い合ったこともあった。いや、それは若い新しい愛人が監督に付きっ切りになった今でも憎しみの残骸となって2人にまとわりついていたのである。しかし、ある日、ある出来事がきっかけで2人の関係が変化していく…。

●text/倉田モトキ 撮影:宮川舞子(「M&Oplaysプロデュース『そして春になった』」)