『向こうの果て』松本まりかインタビュー「現場ではゼロでいること、無でいることを意識しました」

特集・インタビュー
2021年05月16日

 

『WOWOWオリジナルドラマ向こうの果て』で連続ドラマ初主演を務める松本まりかさん。演じるのは、殺人放火事件の容疑者・池松律子。数奇な人生を生き、男たちを翻弄するファム・ファタールのような女性として生きた時間を、松本さんは「ずっと不安だった」と言います。松本さんへのインタビューを前編・後編で紹介します。

◆連続ドラマ初主演になりますが、お話を聞いた時の心境を教えてください。

こんなに早く連続ドラマ初主演のお話が来るなんて、と思いました。私は「脇で光るタイプだよね」と言われることが多かったので、主演のオファーをしてくださったことをうれしく思いました。ただ『向こうの果て』という作品で池松律子という役をやることに、主演をはるかに上回る重大な責任を感じました。正直に言うと、最初だけ「主演!」と思いましたが、その後は「この役をやるしかない」という気持ちでした。だから主演という実感がないまま撮影して、今でも「初主演です!」って盛り上がった気持ちは皆無かもしれないです。それくらい役の重さへの責任感のほうが勝っていました。

◆内田英治監督とは約20年ぶりのお仕事になるそうですね。

内田監督とはめぐり合わせというか…すごく縁がありまして。初めて一緒に仕事をしたのが1718歳のころで、監督の初長編映画作品であり私の映画デビュー作でした。その後、監督の初ドラマ作品で恐らく初ヒロインをして、今回ご一緒するのが、私の連続ドラマ初主演作。私は仕事が少ない時期が20年ほどあり、映画や連続ドラマに主演したいなんて口にも出せないほどでしたが、秘めた憧れはあったと思います。内田監督は『向こうの果て』の撮影中に日本アカデミー賞を受賞され、この撮影も映画「ミッドナイトスワン」のスタッフが多くて、とても研ぎ澄まされた現場だったんです。私の環境が一気に変わったタイミングと、内田監督の運気が激変するタイミングの中でカツっとめぐり合えたような、内田監督と私のタイミングが奇跡のように合致して生まれた作品だなって思います。ただの主演作ではなく、“時”をも追い風になってくれたような、運命的な作品という気がします。

◆役作りをする上で意識したことを教えてください。

律子という人について頑張って考えてみましたが、この人の奥深さは、昭和末期生まれで平成、令和を生きる私には到底分かりえるものではないなと思いました。なので、自分の中の想像よりも自分の外にあるものを信じようと思いました。でも役作りでやったことがあるとすれば、平成、令和を生きてきて、染みついた楽さや生ぬるさを排除することでした。今はエアコンもあるし、寒ければ着るものだってたくさんある。物質的に豊かですよね。律子は昭和30年代に青森の津軽で幼少期を過ごし、その後、必死で生きてきた女性なので、厳しい環境にさらされ、地をはいつくばって生きるような、必死な状態を作ることが重要だなと思いました。私も昭和のパッションを持っていると自分では思うけど、長らく生きてきた平成の生ぬるさみたいなものが身についているから、それが作品の中ににじみ出てしまったら、それだけで興ざめしてしまうし、律子ではなくなる。だからいかにそういう部分を排除するかを重要視して、現場ではゼロでいること、無でいることを意識しました。

◆現場で引き出されるものが多かったということでしょうか。

現場に行けば昭和の時代そのもののセットがあるし、相手役の方がいらっしゃるので、そこからもらうものがたくさんありました。考えた芝居ではなく、本能的に感じた芝居をしたというか…例えば渋川清彦さん演じる山之内一平に「一平ちゃんカッコいい」と言うシーンがあるんですが、渋川さんが本当にカッコよくて。初めましてなのに「キーちゃんカッコいい」って言っちゃったんです。キーちゃん(※渋川さんの愛称)なんて呼んだこともないのに(笑)。それくらいその現場ではカッコよく見えました。そういう衝動的な表現というものを大事にしていたように思います。

◆いつもの役柄や普段の松本さんからは想像できないくらい激昂してDVする場面もあります。そんな女性を演じるのは大変でしたか?

律子を演じるとドッと疲れるんですよね。撮影が終わって、一旦律子から離れた後にアフレコした時も、スタジオには「監督、日本アカデミー賞おめでとうございます!」ってポップな感じで入ったんです。でもいざ律子の映像を見てアフレコするとなるとげっそりしちゃて。本当に疲れました。律子をやっている時は不安定で、心の拠り所がない感じがしました。律子は頼る場所がない。独りなんです。出会った男の人たちはその都度支えてくれたけど、ずっと孤独だった人だから。唯一、松下洸平さん演じる公平だけは特別な存在だったけど、その人とも結ばれない運命で、あげくに殺してしまう。そんな律子役を演じている間は、私もずっと不安定で、今でも若干続いているくらい。拭いて捨てられた雑巾みたいな感じでしたね。DVの撮影はもちろん体も疲れます。でもなぜこんなに公平を殴るのか、私には分かりませんでした。

◆愛する男性に暴力を振るうのは理解できなかった?

こんなに愛して、支えている人に何で暴力を振るうのか台本を読んでも分かりませんでした。だから「おらーっ!」って形でしか表現できない。松下さんとも初共演だったので、どんな方かも全然知りませんでした。でも彼と対峙した時にものすごい衝動に襲われたんです。女性が男性に暴力を振るうって考えられないですよね。でもそれも凝り固まった常識なんです。女性がそんなことをしてはいけない。そんな女性は嫌だ。だけど、この醜い姿の自分を最愛の彼がものすごく愛してくれるんです。愛情深い目で見てくれる。ゼロの状態で現場にいると、その目線に拒絶反応が起こるんです。「見ないで、その目をやめて」って。それで手が出てしまう。それは松下さんと対峙して初めて分かったことでした。多分、相手役が松下さんじゃなかったら、頑張って殴ることになっていたかもしれないです。律子に何をされようが、彼はすごく穏やかで純粋で、包み込むような目でそこにいてくれました。現場ではほとんどお話ししていませんが、常に隣にいてくれて。それが安心できる半面、こんな私のところにいないでって気持ちを引き出してくれた。ほかの役者さんも同じで、そうやって現場でもらえるものがたくさんありました。今回は相手役の皆さんに恵まれたなって思います。

PROFILE

松本まりか
●まつもと・まりか…1984912日生まれ。東京都出身。B型。主な出演作にドラマ『ホリデイラブ』『竜の道 二つの顔を持つ復讐者』『妖怪シェアハウス』『先生を消す方程式。』など。現在は『最高のオバハン 中島ハルコ』(フジテレビ系)に出演中。

番組紹介

WOWOWオリジナルドラマ向こうの果て』
2021514日(金)放送・配信スタート

WOWOWプライム、WOWOWオンデマンド 毎週(金)後1100 放送・配信(全8話)(第1話無料放送)
TELASAでは各話終了後配信スタート

STAFFCAST
原案:ゴツプロ!第六回公演『向こうの果て』
監督:内田英治 脚本:竹田新
出演:松本まりか、松下洸平、柿澤勇人、加治将樹、渋川清彦、豊本明長、宇野祥平

STORY
昭和60年、東京のマンションの一室で放火殺人が発生。逮捕された池松律子(松本)と被害者の君塚公平(松下)は幼なじみであった。担当検事の津田口(柿澤)は、事件の真相を追って、過去に律子と関わってきた人物と接触する。その証言で彼女の数奇な人生が明らかになるが、彼女を取り巻く男たちによる律子の印象は全て違っていた。事件を追うほどに津田口は律子という人物に傾倒していく。やがて津田口は、律子と公平が子供時代を過ごした昭和30年代の青森・津軽に殺人事件の真相を解く糸口を見つける。

photo/金井尭子 text/佐久間裕子 hairmake/千吉良恵子(cheek one) styling/コギソマナ(io) 衣装協力/under the rose、ダイアナ