
『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎 2時間SP』(テレビ朝日系)が、5月26日(火)午後7時~9時に放送される(一部地域を除く)。
今回は、石原良純と小泉孝太郎が全長およそ24キロの隅田川を船で大冒険。隅田川沿いには浅草や両国など江戸から続く信仰や文化を体感できる街が広がっており、世界各国から観光客が訪れる大人気の観光名所も続々。水上から東京を眺めながら、隅田川が江戸を大都会に発展させた歴史を探っていく。
旅のスタートは、荒川と隅田川を隔てる“岩淵水門”。隅田川はもともと荒川の下流だったが、明治時代末の大洪水をきっかけに、都心部の水害を防ぐため新たな水路が整備され、それが現在の“荒川”に。もとの流れが、現在“隅田川”と呼ばれている。岩淵水門は2つあり、大正時代に建造された赤い旧岩淵水門は老朽化のため現役を退いたが、国の重要文化財としてその姿を残しており、これに代わって、昭和57年に隅田川の入り口に建造された青い水門が現役稼働中。今回は青い新岩淵水門をくぐって、隅田川へと乗り出す。
普段見慣れた東京を川の上から眺める新鮮さに、石原は「船の中から見上げると街の景色って全然違うだろうから楽しみ!」とワクワク。昨年10月放送の神田川の源流をたどる旅でボートを引いて歩いた苦い経験がある小泉は「川は歩かないと楽ですね」と本音をもらす。
今回の旅では、隅田川にかかる個性的な橋の数々に出会う。“千住大橋”は、徳川家康が江戸入城時に架けさせた隅田川最初の橋。江戸時代は防衛上の理由から橋が少なく、渡し船が交通を支えていた。しかし、明暦の大火をきっかけに“両国橋”が架けられることに。当初、橋の両側は防火と避難のための“火除け地”として空き地を設けており、そこに屋台や見せ物小屋が並んだことで、両国は江戸有数の盛り場へと発展を遂げていったと分かる。
“駒形橋”付近の浅草エリアでは、国内最大級の花火イベント“隅田川花火大会”の意外な歴史にも触れる。また、浅草寺のご本尊に祀られている仏像は、隅田川の川底で見つかったものだという驚きのエピソードも紹介する。
“蔵前橋”に差しかかったところでは、国技館の歴史や相撲文化に触れる。石原は両国国技館で行われた「高嶋ちさ子のザワつく!音楽会」出演時のウラ話を告白。石原が控室で目にした、国技館ならではのモノとは…。
優美なシルエットを誇る“清洲橋”付近では、東西に一直線にのびる運河を発見。この“小名木川”は江戸時代、幕府が千葉・行徳で作らせた“塩”を江戸城に運ぶために掘削された人工河川だと聞き、石原は「小名木川は塩を運ぶ“塩の道”なんだ!」と驚く。
このほか、『忠臣蔵』ゆかりの“永代橋”や、かつて可動橋として開閉していた“勝鬨橋”にも遭遇。さらには、東京ウォーターフロント開発のさきがけとなった超高層住宅群や築地市場跡地など、近現代の東京の変化も目撃。2人は隅田川が江戸~東京の治水、交通、信仰、文化を支えてきたことを実感する。
途中、2人は船を降りて、両国にある昭和8年創業の川魚料理専門店を訪れ、どじょう料理に舌鼓。店主によれば江戸時代、どじょうは庶民に親しまれた栄養食だったとか。石原&小泉は、思った以上にクセがなく食べやすいどじょうの味に驚く。
続いて浅草橋・蔵前では、花火を扱うおもちゃ問屋を訪ね、思い思いの花火を購入。童心に帰って花火を楽しみ、大盛り上がりする。
その後、石原の思いつきで、急きょ創業164年の老舗佃煮専門店へ。江戸時代、佃島には“雑魚の塩煮”という漁師めしがあったが、幕末になって現在の佃煮へと進化を遂げたとか。店主からその意外な歴史を聞いて2人はビックリ。
隅田川を下ることで、江戸~東京の発展の歴史が一気につながって見えてきた今回の旅。小泉は「隅田川のスケール感スゴかったですね! 川の文化を感じました!」と感動。石原も「川を走ってると身近にいろんな陸地を見られて面白かったね。なかなかない経験でした」と振り返り、2人そろって「川は偉大ですね!」とうなった。
番組情報
『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎 2時間SP』
テレビ朝日系
2026年5月26日(火)午後7時~9時
※一部地域を除く






















