『深夜食堂』インタビュー(1)監督・松岡錠司「地味だけど大切なこと――それは、こういう地味な話にぴったりですよね」

特集・インタビュー
2016年10月28日

深夜0時から朝7時ごろまで営業する食堂「めしや」を舞台に、わけアリな客人たちの温かい人間模様を描いたドラマシリーズ『深夜食堂』。深夜ドラマながら人気を集めた同シリーズは、第3シリーズまでドラマが放送され、2015年には映画化。11月5日(土)には、映画第2弾「続・深夜食堂」が公開される。ドラマシリーズ開始時から監督を務め、本作でもメガホンを取る松岡錠司監督が、そのこだわりを語る。

松岡錠司インタビュー

◆『深夜食堂』は、シリーズ放送開始から今年で丸7年を迎えます。映画も本作で2作目となりますが、ヒットの秘けつについて教えてください。

本当に分からないです(笑)。『深夜食堂』という世界がこういう広がりを見せるとは全く予想していなくて。世界観は最初から変わらないので、それを世間の皆さんが受け入れてくれたとしか考えられません。
「めしや」という空間は虚構、フィクション。でも、何がしかの事情を背負って生きている人たちが、あの場所に居心地のよさや懐かしさ、共感を覚えるんでしょうね。今回の内容も分かりやすいですよ。話がべたすぎて恥ずかしくなるぐらい(笑)。

◆「続・深夜食堂」では、「焼肉定食」「焼きうどん」「豚汁定食」という3つのエピソードが描かれています。

「焼肉定食」「焼きうどん」はそれぞれ原作にあるのでそれを膨らませていて、最後の「豚汁定食」はオリジナルです。僕は“来て来て詐欺”をモチーフに描きたくて、「豚汁定食」では九州から来た老齢の人(夕起子=渡辺美佐子)がだまされるというところから始まりました。「その女は、だまされたのか。だまされたかったのか」というお話です。また、豚汁定食は「めしや」唯一のメニューなんですが、なぜマスター(小林薫)は豚汁定食だけをメニューに書いたかという点を今まで掘り下げていなかったんですよね。だから、その2つの要素を合体させて描きました。
「豚汁定食」でこだわったのは、みちる(多部未華子)が夕起子(渡辺美佐子)に「おすそわけです」と言うシーン。これは恩返しの気持ちをおすそわけするという意味なんですが、人生は、恩返ししたい人に恩返しできるとは限らない。でも、代わりに他の人を助けることはできる。そうやって人付き合いが生まれて社会が構成されているという、結構大きな話が根底にあるんです。そういう心のやりとりが「続・深夜食堂」には通底しています。

松岡錠司インタビュー

◆みちるがもらったマスターからの気持ちを「誰かにおすそわけする」という考え方はすてきですよね。

僕は道徳家ではないし、「おすそわけ」を忘れがちで肝に銘じるときがあるから、これはテーマになると思いました。自分ひとりでは生きられないのに、自分ひとりでここまで来られたと思ってしまうときってあるじゃないですか。これって自分自身の問題じゃなくて、社会的なテーマに成り得るのではないか。だから描く意味がある。地味だけど大切なことというか、普遍的なことかもしれない。それは、こういう地味な話にぴったりですよね。

◆地味と言いつつ、「焼肉定食」の佐藤浩市さん、「焼うどん」の池松壮亮さんをはじめ毎回豪華なキャストが出演されています。オダギリジョーさんなど、過去作から出演している「めしや」の常連も映画に登場していますね。

『深夜食堂』は脚本ありきで進めているので、ある程度そのキャラが明快になってからキャスティングしています。常連はどんどん増えているので、店内で席がなくて立っている人もいますから(笑)。
ただ、よく見ると分かりますが、常連みんながそろうシーンって少ないんですよ。小出しにして、全体を通して見ると「いろんな人が出たな」と思えるようになっているだけなんです。それは現実的な要請があるから。つまり、みんな忙しいんですよ。いいことですけどね。
僕は大河ドラマの監督ではないので、ぜいたくな撮影はしません(笑)。効率的にどうすればそのシーンが成立するかを考えるのが仕事なのです。ドラマシリーズ(2009年~)のときからそうですが、あるエピソードに常連が登場すると、同じエピソードにもう一度その常連は出てくるようにしています。そして、次のエピソードになるとまた違う常連が出てくる。常連が増えてよかったです(笑)。

◆今まで数々のエピソードが制作された『深夜食堂』ですが、今回の「続・深夜食堂」で特に監督が現場で意識されたことはありましたか?

ドラマは一回一回ゲストが違いますし、演出は半分以上僕がやってきたので、映画になっても世界観は変わらないです。ただ、ゲストにはそれぞれの物語があるので、エピソードごと色合いが少し変わらなきゃいけない。微妙なことなんですが、照明もエピソードごとに変えているんです。本当に微妙で目に見えて分かることではないかもしれませんが、『深夜食堂』はそういった丁寧な仕事が必要とされる作品だと思うんです。

出てくる料理は本当においしい。カットがかかっても食べ続ける俳優がいるぐらい(笑)

松岡錠司インタビュー

◆松岡監督と共に、マスター役として作品を支え続けてきた主演の小林薫さん。客を温かく見守るマスターの姿が『深夜食堂』シリーズには欠かせませんが、「続・深夜食堂」では小林さんと打ち合わせなどされたのでしょうか?

マスターからは細かいリアクションのことで質問があったりしますが、もうお互い分かっているので大体は任せています。物語に出てくる料理も、基本的にはマスターが作っているんです。料理のアップで撮るときもやってもらっています。たまにやけどして「あちい!」と言ってますけどね(笑)。映ってなくても本人が作るということが面白いんじゃないかな。

◆小林さんも実際に作ってらっしゃるんですね。登場する料理は、映画やCMのフードスタイリストとして活躍するフードコーディネーター・飯島奈美さんが手掛けていますが、飯島さんも『深夜食堂』シリーズに欠かせない存在ですよね。

飯島さんには、テストの段階から作ってもらっています。常連がいてぬくもりのある「めしや」独特のいい空気感の中で、やっぱり作り手としては見ている方に「これはここで食べたくなる」と思ってほしい。おいしそうに見えますが、おいしいに決まっているんです。カットがかかっているのに、食べ続ける俳優もいるぐらいです(笑)。
ただ、いい匂いがするので、朝から撮影しているときは昼どきになるときついですね、スタッフは。おなかを鳴らさないように現場は大変です(笑)。

◆最後に、映画公開を楽しみに待っているファンの方々に向けてメッセージをお願いします。

未来のことを展望しながら日々を暮らすってすごく難しいですよね。みんな、目先のことで精いっぱいのはず。そういう人たちがこの作品を見て、そのことを少しでも忘れて気持ちよくなってもらえたら一番です。最初はこういうこと言うのも恥ずかしかったんですが、55歳になって「いいんだな」と思うようになりました(笑)。
日本映画は、絶望はいくらでも描けます。だって実際そうだから。でも、この作品は微妙な線を行っています。「続・深夜食堂」は劇的展開で見せる映画の醍醐味とはちょっと違うけれど、見れば何かが心に残るはずです。見終わると不思議な感覚になると思いますよ。人情喜劇としか言いようがないですね。

 

■PROFILE

松岡錠司インタビュー松岡錠司
●まつおか・じょうじ…1961年11月7日生まれ。愛知県出身。映画監督。脚本も数多く担当している。代表作は、映画「きらきらひかる」(92年)、「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」(07年)など。ドラマ『深夜食堂』(09年、11年、14年)、映画「深夜食堂」(15年)など『深夜食堂』シリーズを手掛け、シリーズヒットに導いた。

 

■作品情報

「続・深夜食堂」「続・深夜食堂」
2016年11月5日(土)全国公開

<STORY>
マスター(小林薫)の作る味と居心地の良さを求めて、夜な夜なにぎわう“めしや”。

ある日、常連たちが何故か次々と喪服姿で現れる。不幸が重なることはあるもので、故人の話を語り合う中、また一人、喪服姿で店に入ってくる範子(河井青葉)。でも、この範子、喪服を着るのがストレス発散という変わった趣味を持っていた。だが実際に葬式をすることになり、そこで知り合った男にひかれて…。

父親を亡くした近所のそば屋の息子・清太(池松壮亮)は母親・聖子(キムラ緑子)との関係に頭を悩ませつつ、年上の恋人・さおり(小島聖)との結婚を考えていて…。

お金に困った息子に呼ばれて田舎からわざわざ出てきたという夕起子(渡辺美佐子)は、息子の知人という人物に大金を渡してしまう。だまされたのではと周囲は心配するものの、本人はどこか気にしていない様子…。

春夏秋冬、ちょっとワケありな客が現れては、マスターの作る懐かしい味に心の重荷を下ろし、胃袋を満たしては新しい明日への一歩を踏み出していく。

<キャスト&スタッフ>
出演:小林薫 ほか
原作:安倍夜郎「深夜食堂」(小学館「ビッグコミックオリジナル」連載中)
監督:松岡錠司
美術:原田満生
フードスタイリスト:飯島奈美

公式HP:http://www.meshiya-movie.com/

ドラマ新シリーズ『深夜食堂 -TOKYO Stories-』が、Netflixにて全世界190か国で配信中!
Netflix公式サイト:https://www.netflix.com/jp/

 
●text/金沢優里