『おぎやはぎの愛車遍歴』元ダイハツ開発エンジニアが2代目コペン開発の裏側や大ヒット車誕生の知られざるドラマを明かす

バラエティ
1時間前
『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』
『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』

10月24日(土)放送の『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』(BS日テレ 午後9時~9時54分)は、ゲストに元ダイハツの開発エンジニア・藤下修さんが登場する。

藤下さんは、1984年のダイハツ入社以来、ブレーキ等の技術開発で車造りを支え、2011年には新型コペンのチーフエンジニアとして2代目モデルを送り出したすご腕エンジニア。定年退職後も変わらず車を愛し続ける藤下さんだが、意外にも子供の頃はラジオで洋楽を聴くのが好きな音楽青年だったとのこと。そんな音楽好きだった彼がなぜダイハツへ入社し、自動車の世界へ進むことになったのか。車作りに没頭させるきっかけとなった意外な人物の存在が明かされる。今回は藤下さん自身の提案により、コペン開発へとつながった名車の数々を紹介。ダイハツ一筋43年、元開発エンジニアである藤下さんの「学び車遍歴」をたどる。

兵庫県神戸市育ちで幼少期からアメ車に親しみ、音楽が好きだったという藤下さん。ダイハツ入社から半年後に手に入れた初愛車は、1985年サファリラリーでクラス優勝を果たした世界限定200台の「シャレード 926ターボ」だった。小木博明は「モノトーンでかっこいい!」と大絶賛するが、車に興味がない人が選ぶはずもないマニアックな名車に、なぜこの車を選んだのか、一同は興味津々。その意外な理由や限定車の特徴を聞く。

配属先の実験部でブレーキの開発に携わった藤下さんは、「人の命を預かるからこそ本気で学ばなければ」と奮起。週末になると愛車で2000〜3000キロを走り込んだそうで、車の基本や整備の大切さを叩き込んだこの経験が、のちの車作りの原点になったという。番組では38年ぶりに初愛車と再会。自らステアリングを握って大感激の藤下さんが、2代目コペン誕生の礎となった熱いストーリーを明かす。

続いての“学び車”として登場するのは「トヨタ セルシオ」。藤下さんは「日本が欧州の高級ラグジュアリーに追いつけ追い越せと挑んだ、技術者の努力のかたまり」と名車について語る。当時の藤下さんは社内であきれられるほどの“乗りたい病”を発動させていたそうで、「最高を知らないと真ん中も最低も作れない」という持論の下、さまざまな車で試乗を繰り返したという。中でもセルシオのブレーキ性能からは多くの気づきを得たそうで、ダイハツ版高級車の開発にも乗り出したと振り返る。

一方で、その当時に車造りで最も影響を受けた「師匠」との運命的な出会いがあったと明かした藤下さん。ダイハツの車造りそのものを大きく変えていくことになったその人との出会いでは多くのことを学んだと話し、おぎやはぎも「すごいね~」と深くうなずきながら聞き入る。

そんな藤下さんのダイハツ人生の集大成として最後に登場するのが、同社を代表する「ムーヴ キャンバス」。2016年から2022年に販売された初代モデルは約38万台を売り上げた大ヒット車。「かわいいもんねー」と一同も納得の愛らしいデザインに加え、史上初となる両側スライドドアを採用するなど、女性ユーザーを徹底的に意識した工夫が満載。座席の下を引っ張ると出現する、日本車で初採用となった画期的な機能に一同興奮する。

また、この車の開発での舞台裏話も披露。最も難航したのは「全高の低さ」と「カワイイデザイン」の両立だったそうで…。デザインと機能性の間で壁にぶつかり困難を極める中、藤下さんが放った“ある画期的な提案”によって、一気に完成への道が開かれたという。トップエンジニアの譲れないこだわりと、大ヒット車誕生の知られざるドラマに注目だ。

番組情報

『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』
BS日テレ
2026年10月24日(土)午後9時~9時54分

出演者:おぎやはぎ、今井優杏(自動車ジャーナリスト)

©BS日テレ

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