松下洸平「謎と嘘でお客さんを混乱させながら、最後は清々しさを与えていく。最高に難しく、最高に楽しい舞台でした」舞台「カメレオンズ・リップ」

特集・インタビュー
2021年09月03日

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の名作戯曲を、新キャスト&新演出で創り上げる「KERA CROSS」シリーズの第3弾『カメレオンズ・リップ』。松下洸平さんが主演を務めたこの作品が衛星劇場にて初放送。嘘と毒と笑いが混ざり合い、うねりをあげて突き進んでいくこの難作に松下さんはどう向き合ったのか。あらためて舞台の思い出を振り返ってもらった。

◆松下さんはこの舞台で初主演を務めました。あらためて、ご自身にとってどのような作品だったと感じていますか?

最初のころは、主演ということに強い責任感や使命感を抱いて稽古に臨んでいました。でも、稽古が進むうちに、そういったことを考える余裕すらなくなるほど大変な舞台だったんです(笑)。冒頭から最後まで、嘘しか出てこないような物語でして。登場人物の誰が真実を言っているのかが分からず、自分が演じた役(ルーファス)でさえ、時々“今のは本音でいいんだよね?”と確認していかないと混乱してしまうんです。共演者の皆さんも同じだったようでしたし、今回の放送をご覧になられる方も、油断していると頭の中に“?”がたくさん出てくるかもしれません。でも、そうした困惑を軽快に、むしろ清々しさえ感じられるように、いかに煙に巻いていくかが、稽古場での僕らの課題でしたね。

◆プロローグでは純情そうだったルーファスが、その後、詐欺師を名乗る男になっていたのは驚きました。

役を演じる上で、彼は本来どういう性格で、それがなぜ今のような人物になったのかを深く考えていきました。その背景には、姉(ドナ)の存在が大きいんです。彼女はいつも嘘をついてルーファスを困らせていましたけど、そんな姉をルーファスは大好きだったんですね。でも、姉が突然失踪したことで、彼の生き方も大きく変わってしまう。とはいえ、性根の部分といいますか、やはり彼には悪人に成り切れない優しさや素直さがある。そこには、何年たっても姉のことを待ち続けている少年のままのルーファスがまだいるからなんです。その一方で、周りには“俺は成長したんだ”という姿を見せたくて、虚勢を張ったりする。強気に出たかと思えば、次の瞬間には誰よりもビビっていたりして…手強い役でした(苦笑)。

◆つまり、ルーファスは自分自身にも嘘をついているということですよね。

そうですね。ずっと自分を演じている。彼にはそうやって鎧をまとっていないと生きていけないところがあるんです。理由の1つに、やはり心のどこかにいつまでも姉の姿を探している幼いころのルーファスがいて、それを突き放そうとしているもう1人のルーファスがいるからなんだと思うのですが、そうした葛藤も意識して演じていきましたね。

◆松下さん自身も、自分を演じているような瞬間ってありますか?

昔はすごくありました。自分というものが何なのかが分からないことがありましたし、この仕事をしていく上で何が大切なのかも分からなくて。それで、20代前半から中盤のころは、とりあえず“あの人みたいになりたい”というふうに、誰かの真似事みたいなことをしながら生きていたような気がします。

◆自分探しの時期ですね。

ほんと、もがいてました(笑)。けど、誰かの真似をしたところで、それはその人しか着られないスーツなんですよね。似たような服を見つけて着ても、サイズが合わないし、何より似合わない(笑)。それなのにまた別の人が着ているスーツを見ては、カッコいいなぁと真似をして。それを繰り返した結果、30代になってようやく、“裸一貫が一番ラクだ”“自分らしくいることが一番の理想だ”ということに気がついたんです。今はバラエティ番組に出させていただいて、もちろん緊張はするんですが、素顔に近い僕を面白がってくれたり、受け止めてくれる人がいる。そのことを体験できたのも、僕にとってはすごく大きかったですね。

◆なるほど。話を舞台に戻しますが、今回ドナ役を演じられたのは生駒里奈さんでした。生駒さんは、見た目が瓜二つでルーファスの使用人であるエレンデイラとの2役を演じていらっしゃいましたが、共演されてみていかがでしたか?

ドナはルーファスをいつも翻弄するのですが、反対にルーファスはエレンデイラに対してマウントを取り続けようとする。複雑な3つの関係に絡んだ中での2役でしたので、稽古中もよく悩んだり、演技を模索されているようでした。ただ、稽古の終盤に入ったあたりから、徐々に“もう1人の生駒里奈”が顔を出し始めたんです。しかも、劇場入りし、衣装を着て、照明が加わり、場当たりが始まった瞬間に、“あれ? 人、変わった!?”と思うくらい大きく変化して、驚きました。この作品はルーファスの物語であり、同時にドナの物語でもあるので、僕も生駒さんの演技に何度も引っ張っていただきましたね。

◆ネタバレになるので詳しくは言えませんが、後半のお2人の演技と物語の展開には圧倒されました。

この作品の最後のハイライトシーンで、僕は長ぜりふを話すのですが、このシーンは、そこに至るまで、キャスト全員で流れを作り上げていって到達するシーンです。中でも、生駒さんは物語の終盤にかけてものすごいエネルギーを放たれている印象がありました。どこか寂しそうな表情をしたかと思ったら、突然爆発的な演技で周囲を圧倒したりして。二面性といいますか、自分の中でもう1人の自分を飼いならしているような感じすらしたんです。それを思うと、まさに生駒さん自身がドナであり、エレンデイラだったような気がしますね。

◆では、ほかの共演者で驚かされた方はいらっしゃいましたか?

皆さん個性的ですし、それぞれに持ち味を発揮されていて驚かされることばかりでしたが…中でも、野口かおるさんという存在は衝撃的でしたね(笑)。あの方はなんだろう…形容する言葉が見当たらない女優さんです。今回初めてご一緒したのですが、稽古初日の顔合わせでの第一声を聞いて、“マジ!?”と思いましたから(笑)。いい意味で、“なんでそうなるの?”というお芝居をされるんです。予想を超えるというか、稽古でも、やること全てが、“人はそんなふうにしゃべらないし、動かないよ?”ってことばかりで。ですから、いっときも目が離せなくて、もう虜でした(笑)。

◆それでお芝居を成立させられるのもすごいですね。

こちらがあぜんとする動きでも、彼女の中では理にかなっているから破綻しないんです。稽古場での、演出の河原(雅彦)さんとのやりとりも面白くて、野口さんは、全速力で道路に飛び出して血だらけになって帰ってきちゃうような勢いと危うさがある方で、河原さんは、そんな野口さんとのセッションを楽しみながらも、自在にコントロールしているような“猛犬使い”のような雰囲気でした(笑)。いやぁ、ホント野口さんには演劇界をかき乱してほしい。どれだけ観察しても底が見えない方ですし、底がないのかもしれないし(笑)。とにかくものすごいパワーをお持ちなので、また共演して強い刺激をいただきたいです。

◆また、今回の作品は2004年にKERAさんが書かれた戯曲を、新たに河原さんが演出されたものでした。お2人とはどのようなお話をされたのでしょう?

KERAさんとは昨年の新作舞台『ベイジルタウンの女神』(ケムリ研究室 no.1)で初めてご一緒しました。その時はKERAさん自身が演出も手掛けられ、個人的に大ファンだったKERA作品を演者として体感することができました。その経験が今回の舞台でもすごく役立っていましたね。本番を見に来てくださったのですが、一幕が終わった休憩中に楽屋にいらっしゃって、最初の言葉が「長いなぁ、この芝居」で(笑)。思わず、「KERAさんが書いたんですよ!」ってツッコんじゃいました(笑)。また、河原さんとは2017年の『魔都夜曲』以来でした。俳優と役と戯曲に対してすごく真摯な方で、いつも根気よく我々に付き合ってくださいます。こういうご時世ですので、稽古中は芝居のことしかお話しすることはなかったのですが、たとえ会話が少なくとも120%信頼できる演出家さんだなと、あらためて思いました。…ただ、そう思っているのは多分僕だけで、きっと河原さんは僕のことを、相変わらず手のかかる俳優だなぁと感じたでしょうけどね(笑)。

◆絶対にそんなことはないと思いますが(笑)。ちなみに、この『カメレオンズ・リップ』の後は『母と暮せば』の再演もありました(こちらも衛星劇場で今秋放送が決定!)。舞台が続いていますが、オフの日は家で何をされていることが多いですか?

最近は家が寝て起きるだけの場所になっているんですよね。それでも少し時間がある時は楽器を弾いたり、曲を作ったりすることが多いです。あとは料理を作るのも好きなので、時々長い時間キッチンに立ったり。基本的に何かしらやっていて、オフだからといってボ〜っとすることはないですね。

8月にシングル「つよがり」をリリースしてアーティストデビューを飾りましたが、休日でも音楽と向き合うというのは、やはりどこかで仕事モードになったりするのでしょうか?

いえ、こういう時の音楽は仕事ではなく、完全に趣味の一環です。すごく気分転換になるんですよ。体に溜まったものをはき出す作業みたいな感じで。そうすることで少し体が軽くなったりするんです。

◆では最後に、松下さんが目指す理想の俳優像とは?

今回の『カメレオンズ・リップ』もそうですが、ありがたいことに、挑戦させていただける役のハードルがどんどん高くなっていると感じています。でも、頂いたチャンスなので、期待に応えていきたいという思いはあります。と同時に、技術的な面とは別に、一緒に仕事をして楽しかったなと感じてもらえる人間になりたいなとも思っています。“また一緒に仕事をしたい”とか、“またこの人に会いたい”と思っていただけることの大半は、人柄や人間としての魅力に惹かれた瞬間だと思うんです。ですから、もっともっと松下洸平という人間に興味を持っていただけるよう、自分を成長させていきたいです。

PROFILE

松下洸平
●まつした・こうへい…198736日生まれ。東京都出身。2008年にCDデビュー。翌年、ミュージカル「GLORY DAYS」で初舞台を踏み、NHK連続テレビ小説『スカーレット』、舞台「母と暮らせば」など話題作に多数出演。現在、バラエティ番組『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)にレギュラー出演中。825日にはメジャーデビューシングル『つよがり』をリリース。20211015日(金)より映画「燃えよ剣」が公開。

作品情報

KERA CROSS第三弾「カメレオンズ・リップ」
CS衛星劇場 2021912日(日)後 500よりテレビ初放送!

STAFFCAST
作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:河原雅彦
音楽:伊澤一葉(東京事変、the HIATUS
出演:松下洸平、生駒里奈、ファーストサマーウイカ、坪倉由幸(我が家)、野口かおる、森 準人/ シルビア・グラブ、岡本健一

STORY
ヨーロッパ風の古びた洋館で暮らすルーファス。そこには、謎の死を遂げた姉・ドナにそっくりなエレンデイラが使用人として働いていた。ある日、ルーファスの元へ姉の夫・ナイフと、元使用人のガラが訪れてくる。さらには姉の友人だったシャンプーや医師のモーガン、軍人を名乗るハッケンブッシュなど招かれざる人間たちも吸い寄せられるように一堂に会し、やがてそれぞれが本音を隠しただまし合いが巻き起こっていく。

 

●photo/宮田浩史 text/倉田モトキ hair&make/宮田靖士(THYMON Inc.)styling/渡邉圭祐