阿部寛、配信ドラマ初出演「新しいことに挑戦しているという感覚はありました」『すべて忘れてしまうから』インタビュー

特集・インタビュー
2022年09月14日

阿部寛インタビュー

ディズニープラス「スター」の日本初オリジナルドラマとして9月14日(水)より独占配信される『すべて忘れてしまうから』。話題の作家・燃え殻さんの同名エッセイを映像化した本作で、主人公のミステリー作家“M”を演じているのが阿部寛さんだ。現実から逃げたくて書いた小説がたまたま小さな出版社の目に留まり、ダラダラと本を書き続けている主体性のない“M”。そんな彼が消えた恋人“F”を探すことになり、彼女の知られざる顔や秘密を知っていく物語。阿部さんにとっては2019年の『まだ結婚できない男』以来のラブストーリーで、配信ドラマは初出演となる。“M”役から得られた発見や面白さ、この作品ならではの魅力について語ってもらった。

阿部寛インタビュー

◆テレビ美術制作会社で働く傍ら、作家としても活躍する燃え殻さんのエッセイが原作です。それをお読みになった感想からお願いします。

何げない日常が優しく描かれた、本当に読みやすい作品でした。こういう瞬間って、確かに自分にもあったよな、でも忘れていたよな…ということがたくさん書いてある。そのエッセイのテイストがドラマ化されています。この作品をやれること自体すごくうれしいです。

◆“M”という人物を、阿部さん自身はどう解釈しているのでしょうか。また、その役どころを演じるに当たって意識していることは何ですか?

“M”は何げなく過ぎ去っていく日常を、ある意味、流されながら生きているような男です。まるで旅人のように、街を傍観しながら生きている。それを力なく演じれば、この作品が描こうとしている世界観を表現できるのではないかと思いました。準備したことはほとんどありません。唯一意識したのは、脚本の一行一行をとにかく流れるように演じていくということ。というのも、この作品は普通のドラマと違って、言葉の一つひとつがそれほど大きな意味を持たないんです。だからこその日常だし、それが脚本の狙いでもある。演技面で心掛けたのは、そういう部分ですね。

◆「流れるように」というのは、具体的にどういうことなのでしょう。

“M”という役には決めぜりふ的なものがないんです(笑)。これまで意志の強いセリフがある役を演じることが続いていたのですが、この作品にはそれがありません。というのも、せりふは全て日常会話の羅列と、その繰り返しなので、ひと言で方向性を決定づけるということがないんです。登場人物はみんな、ただ普通にしゃべっているだけで、方向性を見いだすのはあくまで視聴者の方々。皆さんが自分なりに考えて、付いてきてくださいというスタンスなんです。だからこそ、見てくださっている方に寄り添うような優しさを感じていただけるのではないかと思います。

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◆確かに、ふとした出来事を淡々と描いた作品です。阿部さんの中で、大事件を描いたエンタメ作品との違いはあったのでしょうか。

ハラハラドキドキするような大きな事件が起きる作品も、エンターテインメントとして素晴らしいですし、こういった何げない日常から心が動いていく作品も、多くの視聴者の共感を呼ぶ魅力がある。どちらも面白いと思います。ただ、僕個人で言うと、久しぶりにこういうテイストの作品をやったので、すごく新鮮に感じました。

◆その中で、新たな発見はありましたか?

人生って何げなく過ごしている日々の中で、ハッと気づくことの連続だと思うんです。もちろん、力強い言葉が人生のヒントになるときもありますが、そうではない小さな言葉、小さな気づきからだっていつでも軌道修正できるし、寄り道をすることもできる。この作品で描かれているのは、まさにそういうもので、僕が一番好きだったのは、“M”が街を歩くシーン。街を歩いていると、何のせりふがなくてもいろいろなことが見えてくる。それはただ天気がいいなとか、セミが鳴いているなとか、ささいなことでしかないのですが、気づきってそういうところから生まれてくるし、自然と心が豊かになったり、急いで生きてきたのを少し立ち止まってみたり。“M”を演じたことで、そういう発見がありました。

◆“M”が足しげく通うバーのオーナー・カオル役を演じるのは、映画『スワロウテイル』以来、26年ぶりの演技となるCharaさんです。初共演の感想は?

皆さんがイメージしているであろうままのすてきな方でした。いい意味で力が抜けていて、僕ら役者からすると、ありえないくらいの自然体。Charaさんにしか出せない、誰もまねできない、説得力のあるせりふの言い方をされていて、それがこの作品にとってすごく重要な要素になっています。

◆Charaさんは“M”の心情を語るナレーションも担当されていますが、その演出についてはどうお感じになっていますか?

“M”の心のつぶやきなので、本来であれば当然、“M”役の僕がやるべきものなのですよね。この作品はそういう実験的なことをやっていて、それが面白いなと。実際、Charaさんが声を当ててくださっているのを聞いて、僕がやるより、さらに味わい深くMの人物像が表現されていました。

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◆“近しい人にも、知らない部分がある”ということが、この作品のテーマの1つになっています。それについて、阿部さん自身はどんなことを考えましたか?

確かにそうだなと思いましたし、それでいいんだろうなとも思いました。どんなに身近な人でも、自分の思いだけで接するのは無理がありますから。人はそれぞれ、違う育ち方をして、違う考え方を持っている。それが膨らんでいくからこそ、人と人のつながりは面白いんだと思います。

◆配信ドラマへの出演は初めてということですが、地上波ドラマや映画との違いはありますか?

演技自体は変わらないのですが、新しいことに挑戦しているという感覚はありました。特に違いを感じたのは、撮影にかける時間や映像作品における規定など、いろいろなことにとらわれない自由さ。とにかくぜいたくに時間を掛けて、こだわり抜いて作っている。そういう撮影は久しぶりだったので、新鮮に感じました。

◆この作品はグローバル展開するディズニープラスで、日本発のオリジナルシリーズとして世界に配信されます。

こういうテイストの作品を海外の皆さんはどうご覧になるのか、ちょっと想像がつかないです。ただ、大きなことが起きない日常の物語を描いているんだけど、ふとしたことがすごく心に引っ掛かるというのは、世界共通の感覚なのではないかと思います。人の心を追いかけていく面白さは、生まれた場所が違っても感じられるものです。さらにこの作品には、突然姿を消した恋人の失踪理由を探っていくというミステリー要素もある。回を重ねるごとに目が離せなくなり、海外の皆さんにも楽しんでいただけるはずです。どんな反響があるか、楽しみです。

阿部寛インタビュー

PROFILE

●あべ・ひろし…1964年6月22日生まれ。神奈川県出身。A型。最近の主な出演作は、ドラマ『DCU~手錠を持ったダイバー』『ドラゴン桜』、映画「HOKUSAI」「護られなかった者たちへ」「とんび」など。映画「異動辞令は音楽隊!」が公開中。2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』が控えている。

作品情報

ドラマ『すべて忘れてしまうから』
9月14日(水)ディズニープラス「スター」にて独占配信開始

<STAFF&CAST>
原作:燃え殻
監督&脚本:岨手由貴子、沖田修一、大江崇允
出演:阿部寛、Chara、宮藤官九郎 ほか

●photo/小澤正朗 text/海老原誠二 hair&make/AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)styling/土屋シドウ