

『100カメ』(NHK総合 不定期放送)で番組チーフ・プロデューサーを務める渡辺隆文さんに単独インタビュー。
『100カメ』は気になる場所に100台の固定カメラを設置し、人々の生態を観察するドキュメンタリー番組。カメラを意識しない姿・会話の記録から、思わぬ実像が見えてくる。
5月26日(月)午後7時57分からは、連続テレビ小説の現場に密着した「“朝ドラ”あんぱん 日本の朝に元気を届ける!舞台裏」をオンエア。今回は、チーフ・プロデューサーの渡辺隆文さんに『100カメ』制作の裏側について聞きました。
番組チーフ・プロデューサー 渡辺隆文 インタビュー
◆まずは『100カメ』での渡辺さんのお仕事について教えてください。
制作統括ということで、番組のクオリティーの管理が主な仕事となります。カメラを置く場所を相談して決めたり、ディレクターが選んだ映像をより狙いが分かりやすくなるように整理したり。ほかにも、いろいろなメディアを使った発信や、大学ではセミナーを実施するなど、世の中と番組との接点を作る仕事もしています。
◆『100カメ』のテレビ番組としての特徴は?
一番の特徴は「撮影現場に番組スタッフがいない」ことだと思います。従来のドキュメンタリーでしたら大きなカメラを持って密着、インタビューをして…という撮影方法が考えられますが、『100カメ』は固定カメラをあちこちに置いたら、撮影現場には入らないんです。
◆撮影で工夫していることはありますか?
独自のアプリを開発することで、カメラから離れていても映像をチェックできる仕組みを実現させました。定期的に映像が届くので、画角がずれていないか、電源が入っているかなどを確認することができます。この番組では人々のありのままの自然な姿を捉えることを大切にしているので、カメラを動かさないことが重要なんです。さらに、それに伴って大事になるのが事前の取材。『100カメ』が観察するのは人間関係なので、それが分かる位置にカメラを置く必要があります。ただたくさん置けばいいわけではなく、狙いを持ってカメラの位置を決めています。
◆固定カメラだからこそ撮影できたシーンは?
たくさんあります! 例えば「“世界タウン”新大久保 日本で暮らす外国人たちの素顔」(3月1日放送)では、日本へ出稼ぎに来ているベトナム人の若者が「日本人は働き過ぎ。自分は50歳まで一生懸命働いて、あとは故郷に帰って家族とゆっくり過ごすんだ」と本音で語るシーンがありました。もし、従来の撮影手法で、番組スタッフが直接「日本で生活していて、どう思われますか?」と尋ねていたら、質問してきたのは日本人ですし、大きなカメラも構えていますから、きっと気を遣って「日本人は勤勉で立派な方たちですね」とお話しされるのではないかなと。そう思うと、番組スタッフに影響されず、自然に話す姿を捉えられるのは『100カメ』の撮影方法ならではの強みだなと感じます。
◆そもそも、なぜ“100台で密着する”という発想に至ったのでしょうか。
2017年に『クローズアップ現代』のデスクをしていたころ、ディレクターが「ロケに行っても、なかなか良いシーンが撮れないんです…」と嘆いていて。ちょうど、テレビ業界でも働き方改革が急激に進んで、従来の“長時間密着する”というスタイルでは、ドキュメンタリーを撮るのが難しくなりつつありました。
ドキュメンタリーは、“状況が変化していく中で、取材対象がどう変わっていったのか”を撮ります。そのため、長く密着すれば、それだけ“撮れ高”があがりやすいのは確かです。それでも、時代の制約の中で“新しい撮り方”が求められていました。
私は当時、デスクとしてディレクターを励ます立場でもあったので、「今こだわって狙っているものの他にも、何か撮れるものがあるかもしれないよ」と。実際、カメラのレンズを覗いていると、その範囲内でしか見えないじゃないですか。だから、思い詰めるディレクターに「肩の力を抜いて、もう少し広く見てみたら?今までは人が撮っていたけど、これからはカメラに働いてもらおう!」と声をかけていました。
そこで、思い切ってロケの発想を変えてみたんです。例えるなら、それまでのロケは大きな竿を持って現場に出て行く、いわば“マグロの一本釣り”のようなスタイルでした。一方、『100カメ』は“網漁”のようなスタイル。いろんなところにカメラを置いて、その場を全部撮る。毎回マグロが入っているかどうかは分かりませんが、予想していなかったものも含めて、魚が山ほど入っています。それらを丁寧に見極めて、多様な魅力を盛り合わせれば、その海の様子が、むしろリアルに伝わるんですよね。
今までだったら「これはマグロじゃないので出せません…」だったところが、「いろいろな魚が、意外なおもしろさが、大漁です!」と。従来の手法ではこぼれ落ちていた取材先の魅力を、視聴者へ彩り豊かに届けられるようになりました。ただ、確かにカメラは疲れ知らずで何時間でも撮ってくれるんですけど、それだけこちらも見なきゃなりません。皆さん「AIで選別して…」と言うんですけど、そううまくはいかないものでして…(笑)。
◆この番組ならではの準備も?
テレビ番組の制作者たちは、ドキュメンタリーを作る場合でも、撮影を行う前に“こうなったらいいな”と想定した「ロケ前構成」というプランニング表を作ることが一般的です。無計画のまま撮影に臨んでは、番組の狙いが定まらないからです。
一方、『100カメ』では、ロケ前の構成案を本当に作っていません。事前にストーリーを一切決めない代わりに、取材に基づいて、狙いを決めたカメラマップを作ります。カメラ置いた時点では何が撮れるのか分からない。その代わり、撮影させていただいたものは、全て見る。そうして現場を観察して、映像で発見したことから番組の流れを作っていくところは、とても特徴的だと思います。
◆ちなみに、渡辺さんが印象に残っているテーマは?
どの回も、作り始める時は“本当にできるのかな…”と不安で、ワクワクします(笑)。そんなチャレンジに臨むことが多いですね。高い壁を突破するのは、ディレクターたちの100台のカメラにこめる情熱と執念、飽くなき努力です。
「福島第一原発」(2024年8月19日放送)は、廃炉の作業現場で働いている方々の思いをなんとしても届けたい、というディレクターの熱い思いの下、長期にわたる交渉と準備を経て実現した回だったので、強く印象に残っています。
日本で暮らす外国人の方たちを取材した「“世界タウン”新大久保」は、現場から回収したカメラの映像をみても、多言語が入り乱れていて、そもそも何の言語が話されているかが分からない。一人で5か国語を操る方もいて、そこから10か月かけて中身を理解することに…。
「東京メトロ 巨大地下鉄ネットワークを観察!」(2024年7月22日放送)も“首都圏を走る地下鉄を全部撮る”という、壮大なスケールの企画でした。取材先の方々に“鉄道の安全運行・定時運行を支える連携を撮りたい”という熱意を理解していただき、史上初の撮影が実現。地下鉄の“心臓部”にあたる総合指令所は、外部に場所が知られてはならないので、メディアも一切入ることができません。ところが『100カメ』は固定カメラなので、先方にカメラを設置してもらったら撮れてしまう。その結果、“どこにあるか分からないけれど、潜入できている”というミラクルが起きました。
個人的にうれしかったのは、番組の放送後、電車が遅延したときのSNSの反応です。番組でたくさんの人が連携して遅延に立ち向かう姿を伝えていたので、「今までだったら電車が数分遅れたらイライラしていたけれど、今頃あの人たちが頑張ってくれていると思うと、穏やかに待てる」と。制作者冥利に尽きる瞬間でした。
『100カメ』は、毎回並外れた手間と熱量で作られているので、絶対に真似されないと思います。
◆また、ドキュメンタリーを見守るのはMCのオードリーさんです。お2人とドキュメンタリーのコンビネーションはいかがですか?
最高の相性だと思います。実は収録前の打ち合わせが短くて、2分もかかっていません。お2人にテーマや狙いなどをざっくりと説明して、構えることなくそのまま見ていただきます。まさに一緒にテレビを見ている状態ですね。ファーストリアクションをいただくので、狙って撮り直すこともありません。分かりやすく翻訳して視聴者につないでいただいたり、共感から笑いを生んでいただいたり。初めて見たもので瞬時にあれほど面白いトークができるのは、とてつもない技量だと思うので、本当にありがたいです。
◆最後に、今後の目標を教えてください。
“ドキュメントの新たな地平を開く”という思いの下制作しているので、これからも「これは無理かも」「こんなことやれたら面白いかも」というところに果敢に挑む姿勢を変えず、挑戦し続けたいです。この番組を制作する中で、どこの現場にも情熱を持って働くプロがたくさんいるんだなと実感しています。今後も、市井の人々にスポットライトを当てることで、視聴者の方に“みんなどこかで頑張っているんだな”と、前向きな気持ちをおすそ分けできたら。この番組を通して、今という時代を一緒に生きる人たちに思いをはせたり、日常を元気に生きる力を届けたりしたいと願っています。世の中の頑張る人たちを応援する番組を作っていきたいです。
番組情報
『100カメ』
NHK総合
不定期放送
◆「“朝ドラ”あんぱん 日本に元気を届ける!舞台裏」
2025年5月26日(月)午後7時57分~8時42分
※放送後1週間、NHKプラスで見逃し配信あり
https://plus.nhk.jp/


64年続く“朝ドラ”に100カメが初潜入! 現在放送中の『あんぱん』、スタジオ収録の1日を観察してみたら…すごかった! 1日15分×週5回×半年間の大長編ドラマ、一体どう撮っているの?
『100カメ』では、クランクイン前から『あんぱん』の制作現場に密着! ヒロイン今田美桜さんの衣装合わせや方言指導、河合優実さんと細田佳央太さんの胸キュンシーンなど、お宝映像がぎゅうぎゅう詰めです。
実は、毎朝欠かさず朝ドラを見ているという春日(俊彰)さん。その理由に若林(正恭)さんは思わず失笑!? 朝ドラファン必見のスペシャルな45分をお届けします。
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