『火曜の良純孝太郎』石原良純&小泉孝太郎が徳川家ゆかりの増上寺を大冒険 歴代将軍の墓の謎も解明

バラエティ
2時間前
『火曜の良純孝太郎』
『火曜の良純孝太郎』

『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』(テレビ朝日系)が、8月4日(火)午後8時10分~9時に放送される(一部地域を除く)。

今回のテーマは、東京・芝大門にある徳川家の菩提寺“増上寺”。東京タワーが背後にそびえ立つ都内屈指の映えスポットであり、節分や芸能人の葬儀などでも度々目にする名刹で、江戸時代には超広大な敷地を誇っており、今なお歴史的に貴重なものが数え切れないほど残されている。そんな増上寺の知られざる秘密を探るべく、石原良純と小泉孝太郎が境内のさまざまな非公開エリアに潜入する。

2人の旅は、“大門”付近からスタート。普段から車でこの一帯をよく通るものの、ゆっくり歩くことはあまりないという小泉。かねてより増上寺には「徳川家と縁があるのかな」というイメージを抱いていたと話すと、石原も「増上寺を巡ればいろいろなものが見えてくるんじゃないかな!」とワクワクしながら冒険に乗りだす。

現在の増上寺は“三解脱門(さんげだつもん)”が表の顔となっているが、もともとの入り口は、地名にもなっている“大門”。つまり江戸時代は大門から先が全て増上寺の境内であり、現在の東京プリンスホテルや芝公園を含む広さで、総敷地面積は約25万坪、東京ドーム約17 個分だったという。近隣のビルの屋上にのぼり、かつての敷地を見渡した2人は、増上寺と東京タワー、公園の緑が重なる絶景に感激。小泉は「この“画”がいいですね。増上寺と公園の緑があって…」、石原も「増上寺の絵はがきみたいだ!」と感嘆の声を上げる。

また、江戸時代の浮世絵を見た2人は、大門から三解脱門までの距離が煩悩の数と同じ“108間”だったことを知ってビックリ。さらに江戸時代、埋め立てが進むまでは海が近かったため、町民たちは三解脱門に上って眼下に広がる海岸線を楽しんでいたことも分かり、2人は江戸庶民の暮らしに思いを馳せる。

続いて増上寺の敷地内に入った2人は、“鐘楼堂”へ。ここに収められている“大梵鐘(だいぼんしょう)”は1673年に造られたもので、重さ約15トン、東日本最大級の鐘。2人は普段は入ることのできない鐘楼堂の内部を見学し、その巨大さを体感する。大梵鐘は今も朝夕に鳴らされ、近隣に時を知らせているが、かつては鐘の音が海を越えてある場所まで鳴り響いていたという逸話が伝えられており、壮大なスケール感に2人も驚かされる。

本堂の“内陣”では、室町時代の作とされる本尊・阿弥陀如来を間近で参拝。やさしい表情の本尊を見た石原は「お寺を巡ると自分の好きな顔(の仏像)が見つかる」と話し、あるとき父・慎太郎さんに似た“不機嫌そうな”仏像を発見したというエピソードを告白する。このほか、“安国殿”では、家康が勝運を祈ったとされる秘仏“黒本尊”の由来にも迫る。

増上寺の歴史を語る上で欠かせない、徳川将軍家墓所にも訪れる。文化財に指定され、普段ほとんど開くことのない“鋳抜門(いぬきもん)”から、特別に中へ入れてもらった2人。一礼して門をくぐった小泉は目の前に広がる厳かな空間に「全然違う世界に来ましたね…」と息をのむ。

この御霊廟には、もともと増上寺の広大な敷地内に点在していた歴代将軍の墓が集められ、2代秀忠、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂と、その側室たちがまつられている。しかし、なぜ徳川将軍家の墓所は、増上寺に6人、寛永寺に6人と分かれているのか。そして、なぜ15代慶喜だけが谷中霊園に眠るのか。徳川将軍家の墓所をめぐる歴史の謎が明らかに。

さらに、“増上寺はなぜ徳川将軍家の菩提寺となったのか!?”、“もともと麹町付近にあった増上寺が現在の芝の地へ移された理由とは何なのか!?”というミステリーにも迫り、“江戸城の裏鬼門を守るため”という広く知られた説とは異なる、意外な理由が浮かび上がることに。

大冒険の最後は、現在改修工事中の国指定重要文化財・三解脱門に潜入。テレビ番組の取材でタレントが内部に入るのは初めてとなる。歴史的建造物を未来へ残すための地道で緻密な修復作業を目の当たりにした2人は感服する。

番組情報

『プラチナファミリー&火曜の良純孝太郎 合体SP』
テレビ朝日系
2026年8月4日(火)午後8時10分~9時
※一部地域を除く

MC:石原良純、小泉孝太郎

©テレビ朝日

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