
8月23日(日)放送の『浜田雅功とアスリート幸福論』(テレビ朝日 午後1時55分~3時20分)に、上原浩治と高橋尚子が登場する。
この番組は、トップアスリートとして活躍したゲストが人生を“幸福度”という独自の切り口で可視化した「幸福度グラフ」を作成し、テレビ朝日に残る膨大な貴重映像をひもときながらアスリートの栄光と挫折、そしてその裏に秘められた人間ドラマに深く迫っていくシリーズ企画。浜田雅功とヒロド歩美の“浜ヒロ”ペアがMCを務める。
第2弾となる今回は、ゲストに元メジャーリーガー・上原浩治とシドニー五輪金メダリストの元マラソン選手・高橋尚子を迎える。
1975年、大阪府寝屋川市で生まれた上原。上原のイメージを「大阪の兄ちゃん」と答える浜田とも過去に共演経験があり、オープニングから「めっちゃ久しぶりじゃないですか!」と仲の良さを見せる。
いざ人生年表に話題が移ると、“野球との出会い”は6歳のときとのこと。父親が少年野球のコーチをしていた影響で自然に野球に触れていったというが「そこまで幸せではなかった…」という幼少期の思い出を語る。そして、上原少年は中学校へと進学するが、ここで、野球から離れる期間があって…。
やがて高校に入学し、再び野球に打ち込むみが「そこそこ野球が強い」「家から近い」といった理由で進んだ高校で挫折を味わうことに。浜田が「そんな考えしてたの!?」とツッコんだ、当時の上原のビジョンとは。高校の同級生で、後にテキサス・レンジャーズでチームメイトになる建山義紀からのタレコミも寄せられる。
高校卒業後は教師を目指して大学受験に挑むも、受験に失敗。ここで、“幸福度”はマイナス90とどん底に。その後、無事に進学するが、なぜか大学でピッチャーの才能が開花。その躍進の秘密に浜田も驚く。
そして、1998年、上原はドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。しかし、“幸福度”は100ではなく…。上原は「ここがゴールじゃないんで」と語るが、浜田から痛烈なツッコミが入る。また、同時期にメジャーからも声がかかっていたという事実も発覚。巨人か、メジャーか…。当時の揺れる心境を語り尽くす。さらに「背番号19」に関する秘められた思いも明かす。
その後は、順風満帆だったプロ1年目から、けがに悩まされながらの日本一、2度目の沢村賞受賞、2005年にはポスティングでメジャーリーグに挑むも願いはかなわず、そしてWBC優勝と、波乱のプロ野球人生を送った上原。2009年にボルティモア・オリオールズに入団し、念願のメジャーに挑戦するが、直後に「もう、終わりかな…」と思わせた大事件が発生。そんな困難を乗り越え、2013年にはボストン・レッドソックスで、ワールドシリーズ優勝を決めて胴上げ投手に。浜田が当時の驚きのエピソードを上原に振り、そこから上原の恨み節が発動。これには浜田も大笑いする。
2019年、44歳で球界を去った上原だが、ここで輝かしい彼のプロ野球人生を振り返るVTRを紹介。その模様を静かに見つめる上原の目に涙が。「えぇシーンやなぁ…」と浜田もしみじみとなる。最後に、彼が書き足す“未来の年表”では、浜田にチャンネル登録者数118万人を誇る自身のYouTubeチャンネルへの出演をオファー。「浜田さんの『幸福度グラフ』をやりたい!」と熱望する。
続いては、元マラソン選手の高橋尚子が登場し、浜田と待望の初対面を果たす。「うれしい! テレビで見てた人だ! 夢のようです」と浜田とのファーストコンタクトに大興奮する高橋。一方の浜田も「僕もそうですよ!『わ! 生Qちゃんや!』って」と、和気あいあいと収録がスタートする。
1972年、岐阜県で生まれた高橋。彼女が作成した人生年表に目を向けると、陸上競技との出会いは中学1年。学校の陸上部に入部するが、その理由は「走るのがもともと得意だったから」と語る。しかし「今まで見たことのない景色があった」ことも大きな要因で…。高橋を陸上部へと後押しした“好奇心”が、その後の彼女の人生を大きく変えていくことになる。
高橋は高校でも陸上に取り組むが、“幸福度”はガクンと下がる。初めての全国大会での不甲斐ない成績に「もう岐阜に帰れない!」と大泣きし、この出来事以降、実業団に入っても両親は一度も応援に来なかったそうで、浜田も「えぇ!?」とのけ反る。
そんな高橋だが、大学4年のときに自身も「大きな起点。これがなければ私はいない」と語る大事件が。それが恩師・小出義雄監督との出会い。当時、両親・祖母が教諭という、教育系の家系に育った高橋は「当然、教職免許も取っていました」と大学卒業後は教師になる道もあったが、同時に、陸上でもどんどんと頭角を現していた。その時期に、高校時代の陸上部顧問で、教育実習でもお世話になった先生のひと言で一念発起し、小出監督の元を訪れることになったというが、小出監督の口から出たのはまさかの言葉で…。
「小出監督は、Qちゃんのどこが良かった?」という浜田の質問に、高橋は「聞いてくださいよ!」とスイッチオン。高橋が語る小出監督との出会いのエピソードとは…。さらには、高橋のニックネーム「Qちゃん」が生まれた衝撃の秘話も告白。「なんなん、この人! イメージ変わったわ!」と浜田も思わず立ち上がる事態に。
その後も「俺は人をやる気にさせるペテン師」と語る小出監督の下でトレーニングを積み、駅伝で初の日本代表に選ばれるが、“幸福度”はマイナスに…。「マラソンで私も頑張りたい」と思わせた、同時代に活躍した陸上選手・鈴木博美との思い出も振り返る。
そして高橋は、2度目のマラソン挑戦で当時の日本記録を樹立し優勝。しかしその翌年、“幸福度”がマイナス100というどん底を経験する。彼女にいったい何が起こったのか。
やがて、2000年のシドニー五輪女子マラソンで念願の金メダルを獲得。その際に語り継がれるサングラスを投げ捨てた名シーンは世間では“スパートの合図”とされているが、実際はまったく違う理由で…。サングラスを投げたあの一瞬の大いなる駆け引きに、浜田も興味深く聞きいる。
その後、2008年の引退、2019年の小出監督の逝去と、当時の想いを素直に語る高橋。最後は父親からの手紙が披露されるが、そこで、彼女自身も知らなかったという母親にまつわる新たな事実が。「もう一回人生をやり直せるとしても、この人生でいいかなって思います!」と悔いなく駆け抜けた、高橋の濃厚なマラソン人生に注目だ。
上原浩治 コメント
浜田さんと久しぶりにお会いできて、さらに、ゆっくりとお話しできて楽しかったですね。今回、あらためて自分の人生を振り返ってみて思ったのは、「プロに入って20年も野球をやり続けたんだな」ということです。でも…実はこんなに短くないんですよ、僕の人生!(笑)番組では収まりきらなかったですが、もっとあるんです。それでも、こうして人生を振り返ってもらえるっていうのはうれしいことですね! 最後は、引退を決めた試合や、引退会見が流れましたが、思わず涙が出ましたね。人が泣いている姿を見たら、泣いちゃうんです。それがたとえ自分でも…。すごく、涙もろいんです(笑)。
高橋尚子 コメント
初めて憧れの浜田さんにお会いできてうれしかったです! 大学のころからずっとダウンタウンさんを見ていましたので、こうして長い時間をかけてお話しできたのは夢のようですね。最後の父親からの手紙で知った、母親に関するエピソードは本当に驚きました。驚きすぎて、リアクションが薄くて申し訳ありません(笑)。大きな決断をしたときに背中を押してくれたのも母親でしたので、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。あらためて、こうして人生を振り返ってみて、一瞬一瞬が必死だったので、あっという間だったような気がします。もう一回人生をやり直せるとしても、この人生でいいかなって思います! 現役時代にたくさんの人たちに応援してもらって、本当にくじけそうなときも、止まりそうなときも、皆さんの声援があったからこそ耐えて、“フィニッシュ地点”まで運んでいただけました。ですので、これまで応援してもらったご恩をお返しできるような未来を進んでいけたらと思っています。
番組情報
『浜田雅功とアスリート幸福論』
テレビ朝日
2026年8月23日(日)午後1時55分~3時20分
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