
『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎 3時間SP』(テレビ朝日系)が、9月8日(火)午後7時~9時54分に放送される(一部地域を除く)。
今回は、石原良純と小泉孝太郎が総延長約18キロメートルにも及ぶ日本最大級の「東京駅地下街」を、一歩も地上に出ることなく端から端までひたすら歩きまくる3時間スペシャル。
まずは、巨大地下空間の最も北の端に位置する大手町エリアから歩き始めた2人。小泉は「子供のころ、地下街っていうとジメッとしたイメージがあったんですけど、今は快適な涼しさ。楽しい!」と、心地よい地下空間に感動。石原も「今は明るくなったよね!」とうなずきながら冒険を開始する。
地下を歩く中、2人は12段降りて短い通路を進んだ後、また12段上がるという謎の構造を持つ通称“行ってこい階段”に遭遇。不自然な階段が生まれた理由を追うと、急ピッチで地下鉄網が整備された歴史と、“混雑率300%”という想像を絶する1960年代の“通勤地獄”が浮かび上がる。石原も小学生時代を振り返り、「横須賀線が混んでいて降りられなくて、窓からランドセルを下ろしてもらったことがある!」と昭和の朝のラッシュエピソードについて語る。
また、歩きながら小泉が「『良純孝太郎』、各方面から好評でうれしいですね。この前、ウチの父親も“これ面白いな”って…」と、小泉純一郎元首相も番組ファンであることを明かし、石原を驚かせる。
続いて、東京駅最古の地下道「丸ビル地下道」をたどり、反対側の「八重洲地下街」、通称「ヤエチカ」へ。ここでは「八重洲」という地名が、1600年に日本に漂着したオランダ人航海士、ヤン・ヨーステンに由来することを学ぶほか、T字に広がるヤエチカの形には江戸時代の“町割り”が影響していることが明らかに。
そして、高度経済成長期の車社会化に伴い、ヤエチカが地下駐車場と一体となって開発されたという歴史もひもとく。現在は閉鎖されている首都高八重洲線直結の“幻の乗客降り口”に特別潜入。ヘルメット姿で足を踏み入れた2人が見た衝撃の光景とは。
その後は、東京駅構内に広がるエキナカ「グランスタ東京」へ。おいしそうな限定グルメの数々に目移りする2人。そんな中、石原は東京駅限定のスイーツを小泉の父・純一郎氏への土産として自腹で購入。小泉は父・純一郎氏について、酒も好んで飲む一方で大福やおはぎなど甘いものも好きだと話し、石原も「ウチの親父もそうだった。酒飲みって、けっこう甘いものも食べるんだよね」と同意し、“父親あるある”で共感しあう。
2人は、東京駅構内で酒造りを行っている駅ナカ醸造所を発見。ぜいたくにどぶろくを飲み比べる中、石原が純一郎氏に成り切って「最近、(恋愛関係は)どうなんだ?」と独身の小泉に直球質問。小泉は「いい加減にしろって!もう50(歳)だぞ!?」と、父・純一郎氏からお叱りを受けたエピソードを披露する。このほか、風格漂う食堂車両を再現したレストランを訪れ、特製ハヤシライスに舌鼓を打つ。
有楽町へ進んだ2人は、昭和40年に誕生した「東京交通会館」へ。戦後の闇市にルーツを持つ寿司店や老舗の甘味処を訪れ、食を通して有楽町の戦後史を知ることに。
有楽町からさらに地下を歩いて銀座へ。ここでは、“地下鉄の父”と呼ばれる早川徳次が、昭和2年に東洋初の地下鉄・銀座線を開業させるために闘った感動のドラマに迫っていく。開業当時、銀座線の資金難の窮地を救ったのはデパートで、百貨店と地下鉄が手を結んで銀座という街、そして地下街の発展に貢献した歴史にスポットを当てる。
大冒険の終着点は、東銀座にある「歌舞伎座」地下の「木挽町広場」。土産店が並ぶ屋台や門は全て可動式になっており、災害時には一瞬で片付けられ、約1000人収容可能な巨大な一次避難空間へと生まれ変わるという、最新の防災機能を学ぶ。
最後は、大正3年の東京駅開業時に、緩い地盤から駅舎を支えるために地下に打ち込まれた“松杭”の実物と対面。100年近く、まったく腐ることなく駅舎を支え続けた日本の土木技術に2人は感動する。
番組情報
『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎 3時間SP』
テレビ朝日系
2026年9月8日(火)午後7時~9時54分
※一部地域を除く
MC:石原良純、小泉孝太郎
©テレビ朝日

















