緒方恵美「多くの人を楽しませたいし、力になりたい。そうした《エールロック》の精神を、いつも、いつでも」

特集・インタビュー
2021年06月03日

◆そうした思いを常にお持ちだからこそ、本書にあるように、壁にぶつかってもいつも手を差し伸べてくれる方が現れたのかもしれません。

はい。でも昔は、誰かに助けてもらえるなんて思ってもみませんでした。後書きにも書きましたが、私にはどこか、他人にできるだけ頼らずやり抜けようとするクセがあり、だからたとえ失敗しても、それは自分の責任だから仕方のないことだと思っていたんです。それなのに、例えば一度音楽で挫折した時も、これ以上バンドメンバーやスタッフにつらい思いをさせ続けるくらいならやめようと思った瞬間に、手を差し伸べてくれる人が周りにいた。…いや、もしかすると、最初から“手を貸すよ”と言ってくれていた人はいたのかもしれません。ただ、それに気づけないほど、昔の自分はバカだったということだと思います(苦笑)。

◆でも、そういった手を差し伸べてもらえる環境を作り出せたのも緒方さんの人間力なのではないかと思います。

どうなんでしょう。でも、ちょっと泥臭い言葉ですけど、何事にも誠実にやっていれば、どこかで見ている人がふっと現れてくれる。それはこの年月の中で学びました。

◆その“誠実に生きる”ということも簡単ではない気がします。

そうですね…。だけど、自分のうそは自分が知っていますからね。自分がうそをついていると、周りも同じなんじゃないかと勘ぐってしまう。そう思い始めると、なかなか人と人がつながっていくのは難しくなるかもしれません。不誠実というのとは少し違いますが、例えば声優の仕事で、その場に居る人が出しているのが60%くらいの力でも成立してしまっている現場があります。主には時間制限や忖度など、さまざまな原因の元にですが。その一方で、常に120%の力を出す思いで挑み続け、そのエネルギーが積み重なると、とんでもない作品が生み出されるということも経験上、知っている。そういうものしか求めない庵野秀明という稀有な監督とか(笑)。庵野さんの現場は、「また録り直し!?」って裏では言いつつ、みんなちょっとうれしがっている謎さがあって…NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見ると、現場のクリエイターの皆さんもそうみたいでしたが(笑)。それを積み重ねた結果、唯一無二で誰もまねできない作品が出来上がった。もちろん、これは庵野さんに限ったことではなく、クリエイティブなものを目指す人々は、本来みんな完璧主義。でも理想を目指しながらも、時間やいろんな制約があって、どこかで区切りをつけることが多い。その中で、いつか作りたいものを作りたいようにと願い続け、諦めずに精いっぱい――その誠実さが、その「いつか」を招くことを、身近にたくさん見てきました。だから誠実さと諦めの悪さは必要かなって(笑)。庵野さんはその典型。そうした他にはない環境を自身で構築され、周りもその思いに突き動かされたことで、これまでにないものを生み出せたのだと思います。

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