三谷幸喜インタビュー「想像して、彼らの思いを見つけていく」『鎌倉殿の13人』執筆を語る

特集・インタビュー
2022年07月03日
『鎌倉殿の13人』三谷幸喜

現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜 午後8時〜8時45分 ほか)で、脚本を担当する三谷幸喜にインタビュー。

大河ドラマ第61作は、鎌倉幕府の二代執権・北条義時が主人公の『鎌倉殿の13人』。平安時代末期から鎌倉時代初期を舞台に、野心とは無縁だった義時がいかにして武士の頂点まで上り詰めていくのかを描く。

「彼以上にこの役を演じきれる人はいなかったでしょう」──大泉洋演じる源頼朝に誰より望みを掛け、今そう振り返るのはほかでもない、脚本を執筆する三谷幸喜だ。長きに渡り義時(小栗旬)と苦楽を共にした頼朝の最期は丹念に描かれ、放送は2週に及んだ。

物語はついに折り返し地点に到達し、いよいよ鎌倉殿の後継者・頼家を支える御家人“13人”が始動する。三谷が見つめる『鎌倉殿の13人』とは。第26回(7月3日放送)までの軌跡を振り返っていく。

三谷幸喜 インタビュー

『鎌倉殿の13人』©NHK

◆源頼朝(大泉洋)が第25回のラストで落馬し、第26回で息を引き取りました。死が迫りつつある頼朝をどう描こうと考えていたのでしょうか。

頼朝の死に関しては諸説ありますが、僕としてはこれだけ長い時間寄り添ってきた人物ですし、彼なりのつらさや孤独も十分感じてここまできました。だから最期はちゃんと死なせてあげたかった。暗殺説もあるんですが、“誰かに殺される”となるとそこには殺す側のドラマも生まれてきてしまいます。そうではなく、あくまでも頼朝側のドラマとして完結させてあげたいという思いがあったんです。それで最期は、静かに死なせてあげたいという結論に至りました。一体、彼の人生とは何だったんだろう。彼ほど寂しい男はいなかったんじゃないか。その答えが浮かび上がってくるよう心がけたつもりです。そんな思いを大泉さんも汲み取って一生懸命演じてくれましたし、第25回の巴御前(秋元才加)とのやり取りでは「自然と涙が出てきた」と聞きました。あんなにも頼朝が泣くとは想像していませんでしたが、あれはこれまで演じてきた積み重ねの中で出てきたものなんじゃないかなと感じました。

◆政子とのやりとりで締めくくられた頼朝の人生ですが、そこにはどんなこだわりがあったのでしょう。

2人が最初に出会ったとき、政子が持ってきた料理に頼朝が「これは、何ですか」と聞いたんですよね。このせりふを頼朝が死ぬときに使おうとは思っていませんでしたが、頼朝が意識を失ってそのまま死んでいくのは嫌だったので、一回蘇らせたいなと。そこで、目が覚めた時に何を言うだろうかと考えたときに、あのシーンを思い出したんです。もう一回言わせてみようとなったんですが、実際に季節考証的には(出会った時のシーンと)同じ料理は出せないそうなんです。でも物語の面白さを優先して、あのようなシーンにしました。

◆本作の頼朝に込めた思いを教えてください。

あれほどドラマチックな人生を歩んでいる人はいないと思いますし、決して聖人君子でもない、かなりマイナス面を抱えた歴史上の人物なので、誰が(脚本を)書いても魅力的になると思います。それぐらい面白い人物だなと昔から思っていました。その源頼朝という人物を、メインの登場人物として描けるのは脚本家冥利に尽きますね。もちろん今回は、大泉洋という俳優が演じることになったことで結果的にこういう頼朝像になった、というのが全てだと思います。僕が望んでいる頼朝像をきちんと、そして、もしかしたらそれ以上に演じてくれるだろうという信頼がありますし、出来上がった作品を見る度に「彼は分かってくれているな」といつも感じていました。こんなにも人間のリアルな部分を孤独な部分も含めて演じることができる俳優さんがほかにいるだろうかと。彼以上にこの役を演じきれる人はいなかったでしょう。

◆大泉さんとはどんなコミュニケーションを取られていましたか。

放送が始まってから、ほとんど連絡はとりあっていないんです。でも、頼朝を演じることで相当日本中に嫌われていると彼が思っているらしいというのを聞いたので、「日本中に嫌われても僕は君のことが好きだよ」と伝えたら「お前のせいだ」と言われました(笑)。

『鎌倉殿の13人』©NHK

◆これまでの放送の中で、ご自身の想像を超える仕上がりになったシーンはありますか。

僕は高校生の時に大河ドラマ『草燃える』を見て感銘を受けたのですが、すごく印象的だったのが頼朝が馬から落ちた瞬間なんです。そのころは当然、自分が脚本家になるとも、大河ドラマで同じ時代を描くとも想像していませんでしたが、そのシーンを見て“僕だったらこうするな”と思ったんです。何故かというと、当時の僕は大河ドラマにすごくハマっていて登場人物たちに肩入れして見ていたので、頼朝が落馬した瞬間に「他の人たちは何をしていたんだろう」「何を思ったんだろう」というのが気になって。頼朝の最期の瞬間の、頼朝以外の人たちの生活を見たいという思いがずっとあったんですね。今作ではそれを描きました。僕は一瞬でいろんな人の顔が浮かぶようなシーンのイメージを持っていましたが、それを演出の吉田(照幸)さんがより強調して、ゆっくりと時間をかけてそれぞれの生活を描いてくださいました。「僕が40年前に見たかったシーンはこれなんだ」とすごく感じて、吉田さんにとても感謝しています。

◆では、手ごたえを感じたシーンは。

源義経の最期は、書いていて面白かったです。本作の義経像は菅田(将暉)さんが演じることを前提に構築していきましたが、最期を迎える時をどんな形にしたらいいんだろうと考えた時に、自ら命を絶つ瞬間を僕は見たくないと思ったんです。できれば最後は笑っていてほしいなと。ですから、笑っている義経のイメージから逆算をして書いていきました。僕の想像している義経としては、これ以上のない描き方だったんじゃないかなと思っています。

◆脚本を執筆していく中で、想像以上に膨らんでいった登場人物はいますか。

善児は自分の意図を超えて成長していきました。もちろん演者の梶原(善)さんの力があってのことですが、こんなにみんなの心に残るキャラクターに成長するとは思っていませんでした。元々最終回までいさせようとは思っていなかったので、ここまで成長した善児はどんな退場のさせ方をしたら視聴者の皆さんが満足するだろうかというのを考えて書きました。
あとは実衣(宮澤エマ)ですね。最初は政子の話し相手として茶々を入れるだけのキャラクターのつもりでいたんですけど、いろんな資料を調べたり彼女の演じている姿を見たりしているうちに、これだけじゃもったいないなと。もっと成長させていくべきだし、もっといろんな姿を見てみたいと感じました。実衣はこれからが本番ですね。書き始めたころは思ってもいなかったので、面白いなと思っています。

『鎌倉殿の13人』©NHK

◆登場人物の人生はどのようにして設計されていくのでしょうか。

もちろん物語全体のプロットはありますし、義経のような人物は登場から去っていくまで、プランを立てて描くんですけど、主人公やその周辺の人物で1年間ずっと登場する人たちに関しては、実はあまり長期展望は作らずにその時々で何を考えているのかを想像して、彼らの思いを見つけていくようにして描いていきます。先読みをしてしまうと、結論や最期から逆算して彼らの人生を描いているようになってしまうので。義時に関しても、最初から彼をダークサイドに落とそうと意識しているわけではなく、僕が義時の人生をたどっていく中で、次第にどうしてもそっちの方向に行ってしまう。そんなイメージです。今、義時がホワイトとブラックのどのあたりにいるのか僕にも分からないですし、これからどうなっていくのかも分からない。それは、書いている僕と義時と小栗さんとで見つけていくという感じです。

◆頼朝と義時の関係性も三谷さんが“見つけていった”のですね。

頼朝からは良いことも悪いことも含め教わったことがたくさんあるし、人の上に立ち、まつりごとをする上で大事にしていることは頼朝に影響を受けているな…と僕が改めて気が付くんです。「鎌倉殿は昔から、私にだけ大事なことを打ち明けて下さいます」という義時のせりふがありましたが、それは僕が2人の主従関係を振り返り、思い出したから書けた言葉なんですね。

◆そんな義時を演じる小栗旬さんには、どんな印象をもっていますか。

小栗さんが持っているパワーは、以前から感じていました。何年か前に、僕の映画に出ていただいた時、やってほしいことを的確に演じてくださって、相性というか、小栗さんとは共通言語を持っているなと感じたんです。本作で僕は演出には携わっていませんが、“こういう言い方をしてほしい”と脚本に込めた思いをきちんと汲み取って演じていただけて僕は満足です。これは僕の勝手な思いですけど、本作が小栗さんの新しい代表作になるのではないか、とも思っています。そして、年齢を重ねてからの後半の義時も、前半にも増して小栗さんの素晴らしさが観られるに違いないと確信しています。

『鎌倉殿の13人』©NHK

◆ところで、「三谷さんにお会いしたことがない」とおっしゃる出演者の方が多数いらっしゃることを耳にしました。

基本的に、脚本として参加する場合は現場に行きません。物語のベースの部分を作っている人間だから、やっぱり自分の中に正解があるんですよね。その答えを持っている人間が現場に行ってしまうと作っている皆さんはやりにくいと思うんです。みんなで試行錯誤しながら作っていくことで作品が面白くなると思いますし、あんまり全能の神みたいなやつは現場にいないほうがよいと思うんですよね。

◆さて、三谷さんが感銘を受けたという『草燃える』では、三浦義村が後半の黒幕として描かれています。本作の義村は今後、どんな存在になっていくのでしょう。

義村は本当に不思議な人でよく分からない人物ですよね。その面白さを活かしたいなと思っていますし、何と言っても演じている山本耕史さんが魅力的です。山本さんには僕が書く大河ドラマに毎回出ていただいているのですが、今回は何をやっていただこうかと考えたときに、あのつかみどころがない、でもなんだかかっこいい義村をやってほしいなと思ったんです。大河ドラマでは“主人公の友人で味方なのか敵なのか分からないけどずっと一緒にいる”みたいな登場人物が出てきます。『風と雲と虹と』(1976年放送)で山口崇さんが演じられた平貞盛もそうでした。なんとなく品や気高い感じがあって、頭はいいんだけどどこか胡散臭くて信用できない。今作では山本さんに、そんなイメージを演じてもらいたかったんです。案の定、今もよく分かっていませんし、今後もそれを貫いていってほしいなと思っています。最後の最後にもしかしたらラスボス的な意味合いで物語にかかってくるのはひょっとしたら義村かもしれませんよ。

◆あらためて、北条義時を主人公にしたこのドラマの面白さはどんなところにあると思いますか。

脚本を書いてみて思ったのは、戦国や幕末とは全く違う世界なんですね。一番大きいのは、物語が神話性に近いんです。あの時代の人たちは神様を身近に感じていて、実際に神頼みや予言、夢のお告げに縛られている。それは書いていてすごく面白かったところでもあります。そして、その分本来持っている根っこの部分がストレートに表現できる感じがします。(大河ドラマで)お告げを描くなんて絶対にありえないことではあるんですけど、この時代の物語としては豊かなものを描けるので、今回はすごく多用しています。実は、義時は本作の中で最もドライで現実的な人物かもしれません。混沌とした世の中に1人だけリアリストがいた、そんなイメージです。ですから、やはり義時を主人公にして良かったなと思っています。

◆現時点で、物語のラストはどんなシーンを想像されていますか。

自分の中では、主人公の人生が終わるときが最終回だと思っています。息を引き取った瞬間にドラマが終わるというのが、僕が理想とする大河ドラマのラストです。今回どうなるかは、まだ分からないですが。

PROFILE

三谷幸喜
●みたに・こうき…1961年7月8日生まれ。東京都出身。

番組情報

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』
NHK総合:毎週日曜 午後8時~8時45分
BSプレミアム/BS4K:毎週日曜 午後6時~6時45分

©NHK

●text/安井 美彩希