大谷太郎インタビュー「鳴き声を撮るのに3日もかかりました(笑)」『ブランケット・キャッツ』演出

特集・インタビュー
2017年06月29日

猫が起こす小さな奇跡を描いた、西島秀俊主演のヒューマンドラマ『ブランケット・キャッツ』(NHK総合 毎週(金)後10・00)が放送中。ドラマに登場する自由気ままな7匹の猫たちの姿はにゃんとも癒やし効果抜群だが、果たしてその舞台裏とは? 演出を担当した大谷太郎さんに、撮影の苦労話やキャストの印象、そして6月30日(金)放送の第2話の見どころまで語っていただきました。


鳴き声を撮るために3日もかかりました(笑)

『ブランケット・キャッツ』

◆これまで、さまざまなジャンルの作品を手掛けてこられた大谷さんですが、猫がメインの作品は今回が初めてですか?

そうですね。以前、一度だけ堂本剛君主演の『向井荒太の動物日記~愛犬ロシナンテの災難~』(01年)でワンちゃんが出てくるドラマを撮ったことはあるんですけど、動物のドラマはそれ以来で、猫に関しては今回が初めてです。猫を撮るにあたって現場で気をつけたことが3点ほどあるんですが、まずはカチンコを使わないこと。猫は音に敏感で、カチンコの音に驚いて逃げちゃうんです。普段カチンコの音って「よし本番だ」とスタッフは気合が入るんですけど、今回は「よ~い!…どうぞ(小声)」みたいな感じで声をかけて撮影してました(笑)。2つ目は、あまり大きな声を出さないこと。撮影現場では怒鳴り合いのような大声で指示を出すのが基本なんですが(笑)、猫はそういう声にも敏感に反応するので静かにすることを心掛けてました。そして最後は、猫をあまりいじらないこと。40人も50人もいるスタッフに触られると猫も疲れてしまうので「かわいいな~」と思いながらもグッと我慢してあまり近づかないように(笑)。現場ではとにかく猫ちゃんをベースに考えて撮影を進めていましたね。

◆スタッフ同士の空気感も普段とは異なりましたか?

演出チームのチーフや照明部のボス、録音部の親方だったり、普段は強面の人たちが猫を前にすると急に人が変わるので驚きました。高い声で「は~い、えちゃでちゅよ~」と言ったりするんです(笑)。そうすると、その下の人たちもどこか少し気持ちが和らぐというか、カチンコも大きな声もないし、普段は怖い人の優しい一面も見られたりして、猫が現場にいるとこんなにも空気が柔らかくなるんだなというのは新たな発見でした。

『ブランケット・キャッツ』

◆とはいえ、猫との撮影は苦労がつきものだと思います。中でも一番苦労されたのはどんなことですか?

やっぱり猫は犬と違って、訓練されていても思いどおりに動いてくれません。特に、鳴き声がなかなか撮れなかったことには苦労しました。クロ役のジャックという穏やかな性格の黒猫がいるんですけど、鳴き声を撮るまでに3日かかったんです(笑)。何度粘ってもダメで結局撮影最終日になってしまって、普通なら主役の方でクランクアップするようにスケジュールを組むんですけど、今回はジャックの「ニャ~」で撮影終了(笑)。やっぱり僕らは猫が主役のドラマを撮ってたんだなと感じた瞬間でした。

◆撮影中には、どうしてもうまくいかないシーンというのもあったのですか?

足元に猫たちがじゃれついて秀亮(西島)が逃げるというくだりがあるんですけど、そのときは猫同士の仲がちょっと悪かったんですよね(笑)。それは僕らが粘ってどうにかなる問題ではなくて、猫同士の人間関係、言うならば“猫関係”を正さない限りは撮影できないんだなと思いました。だから、そのときばかりはちょっとあきらめて、猫が足にまとわりつく絵を1匹1匹別々に撮影したんです。やっぱり7匹もいると、それぞれ性格もまったく違うんですよね。猫が集まるシーンのときはそうやってその日の猫の調子や猫同士の仲を見て進めました。


「面倒くさいほうを選ぶ」がモットー

『ブランケット・キャッツ』

◆亡き妻が飼っていた7匹の猫の新しい飼い主を探す秀亮と、彼の元を訪れるワケありな人々を描いた本作ですが、作品としての魅力はどういったところにあると考えますか?

まずは「悪い人が出てこない」という点だと思います。普段は人間関係の障害だったり相手をおとしめようとする人を作ってドラマを動かすことも多いので、全員がいい人というのは1つのチャレンジでもありました。でも考えてみれば、日常生活でも相手をおとしめようとする人ってあんまりいないじゃないですか。それでいて、互いに言えない部分でわだかまりができて仲が悪くなったり、けんかをすることだってある。ドラマで描かれるそういう部分は、すごく日常に近くてそれがこのドラマの魅力だと思います。あとは重松(清)先生の原作でもそうなんですが「猫がいることで人が動く」というのが物語のキーポイント。例えば、猫を飼っている知り合いのカメラマンが「猫がいるから夫婦の会話が成り立ってる」って言うんですよね(笑)。これ聞いたときは、「あ、そういうことか!」と妙に納得してしまいました。また、猫に本心を語るという描写も面白いところです。ドラマや映画って1人でしゃべるシーンがあると思うんですが、それって言ってみれば作品のちょっとした「うそ」なので、だったらそんなシーンには猫を置いて、猫に自分の気持ちを語ることにしようということになりました。1話でも、ヒロミ(蓮佛美沙子)が猫を相手に彼への電話の予行練習をするシーンがありましたよね。ああいうシーンが不自然に見えないってことは、どこかでみんなが経験したり思ってることだと思います。きっと人間は、猫には意外と本心をしゃべってるんだと思います。

『ブランケット・キャッツ』

◆台本を拝見したんですが、猫の動きがかなり細かくト書きに書かれていたことに驚きました。例えば先日の第1話なら、猫が寝ている秀亮の鼻を舐めたり、猫の尻尾が左右に動いて秀亮の顔を撫でたり、といったことまで書かれていて。

脚本の江頭(美智留)さんは実際に猫を飼っていらして、制作チームの中で一番猫に詳しい方なんです。猫を知り尽くしているが故に江頭さんは、きっと思いどおりにならないだろうと最初は大まかに猫の動きを書いてくださったんですが、むしろ細かく書いてほしいとこちらからお願いしました。そうすることで、難しいことにも挑戦しようとスタッフみんなの意識が変わるんです。細かく書いてあるがゆえに、さっきのような苦労もあったんですけどね(笑)。

◆あえて難しいことに挑戦されているんですね。

もし2つの選択肢があったとしたら、なるべく面倒くさいほう、遠くにあるほうを選ぶのが、仕事をする上での僕のモットーです。だから、「猫を絵に入れないで撮影することもできますがどうしますか」と聞かれれば「猫を入れて撮ります」と答えるし、「CGで猫の口を開けて鳴き声を足せますがどうしますか」と聞かれても鳴くまで待つし、そういうところにはこだわっています。


西島さんと一緒に猫の取材へ

◆秀亮を演じる西島さんの印象はいかがですか?

西島さんとは以前に『仔犬のワルツ』(04年)でご一緒させていただいたんですが、年を重ねるごとに魅力的になっていると思います。猫との相性もすごくよくて、西島さんは猫のことをすごく理解しようとして、撮影前の段階から一緒に猫に会いに行ったり猫の取材に行ったりもしたんです。それだけではなくて、今回は家具の修理屋さんの役ということで、指導してくださった方のお店で一緒に椅子を作りました。画面に出ている部分だけがすべてと捉えるのではなく、役にとって必要なことを貪欲に取り入れようとする西島さんの姿勢は素晴らしいと思います。

『ブランケット・キャッツ』

◆獣医師の美咲を演じる吉瀬(美智子)さんはいかがですか?

吉瀬さんは今回初めてご一緒しました。今まで澄ましたクールなイメージがあったんですけど全く逆で、すごくおしゃべり好きで話しやすい方でした。ちょっとドジな一面もあるんですね(笑)。演技面では、獣医師役ということで、動物を扱うプロとしての姿勢をご自分で取材し、演技を研究されていました。地元の人たちに長いこと愛されている動物病院の設定だったので、動物たち、そして飼い主さんの名前をちゃんと呼びたいとアイデアを出してくれて、そのあたりは台本に全く書いてないんですけど、そういう役を深めるところはやっぱりさすがだなと思いました。ご本人は愛らしい天然なドジですけどね(笑)。

◆幼なじみの秀亮と美咲の恋の行方も気になるところですね。

秀亮と美咲は、青春時代にありがちな、互いに好きなんだけど距離がうまく取れずしょっちゅうケンカしちゃうような関係です。だから2人は口げんかのときも、お互い粗野な言葉だったり遠慮がなかったりするんです。西島さんと吉瀬さんにも「大人ではなく中学時代の不器用な恋愛関係にしてほしい」とお願いして、飾らない言葉でどんどん言い合うようにしてもらいました。今後2人の関係がどうなるのか、見守っていただけたらと思います。

『ブランケット・キャッツ』

◆6月30日(金)放送の第2話の見どころを交え、視聴者にメッセージをお願いします。

2話はどこにでもいる、あるお父さんの話です。マギーさん演じる、僕ら親世代がどこか共感できるダメおやじの姿がすごく魅力的なんです。自分がオヤジだから余計に共感できたっていうのもあるんですけどね(笑)。物語としては、別に憎み合っているわけはでないのにボタンの掛け違いで生じたズレを修復できないでいる家族がいて、そこに猫がやって来ることである変化が生まれる話なんです。猫が家族のすれ違った気持ちをどう動かすのかというところと、お父さんの魅力的なダメ親父っぷりに注目していただければと思います。
よく自分は犬派だとか猫派だとか言いますけど、このドラマは猫を飼っていらっしゃらない方でも楽しんでいただける心温まる物語になってますので、最後まで楽しんでご覧いただけたらと思います。

◆ちなみに、大谷さんご自身は猫派ですか?

好きは好きなんですけど、実は猫アレルギー気味で(笑)。あ、でも現場では何とか大丈夫でしたよ。この作品をやってから僕もすっかり猫派です(笑)。

 

■PROFILE

大谷太郎
●おおたに・たろう…1967年生まれ。演出家。『ごくせん』シリーズ、『バンビ~ノ!』、『マジすか学園5』、『銭形警部』など、ドラマを中心にこれまで多くの作品の演出を担当。

 

■作品情報

『ブランケット・キャッツ』ドラマ10『ブランケット・キャッツ』
NHK総合
毎週(金)後10・00~10・49

出演:西島秀俊、吉瀬美智子、島崎遥香、唐田えりか、酒井美紀、美保純 ほか

原作:重松清
脚本:江頭美智留
音楽:得田真裕
主題歌:矢野顕子「Soft Landing」
演出:大谷太郎(AX-ON)、本多繁勝(AX-ON)
プロデューサー:松本明子(AX-ON)
制作統括:土屋勝裕(NHK編成局コンテンツ開発センター)、池田健司(AX-ON)

公式HP:http://www.nhk.or.jp/drama10/blanketcats/

第2話(6/30放送)あらすじ
リストラされてしまった隆平(マギー)は、借金返済のために自宅を売りに出していた。隆平は、職探しの帰り道、猫の飼い主募集の張り紙を見つける。子供たちのために自宅での最後の思い出づくりをしようと、秀亮(西島秀俊)に頼み込んで猫を預かる。家に帰った隆平は、子供たちや妻に猫を見せるのだが、反応は冷ややかだった。そんな中、猫と一緒に預かってきた毛布が無くなってしまう。

©NHK
 
●text/金沢優里