「丸裸にされたように感じた」渡辺大知インタビュー「LIVE!LOVE!SING!~劇場版」出演

特集・インタビュー
2016年01月15日

阪神・淡路大震災や東日本大震災を経験した若者たちの“その後”をドキュメンタリータッチで描いたロードムービー「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版」。主人公が所属する合唱部の顧問の岡里を演じたのは、ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカルとして活躍し、役者としても高い評価を受ける渡辺大知さん。阪神淡路大震災の経験者でもある渡辺さんの目に映った、福島のリアルな姿とは?

“役から役がなくなっていく”感じがあった

――2015年3月、NHKにて放送されたドラマに未公開映像を追加した本作。ドラマが劇場版として公開されると知ったときの率直な感想をお願いします。

全国の劇場で見ていただける機会ができてとにかくうれしいです。ドラマは一日限りの放送でしたし時間も限られていたので、劇場版として井上監督が見せたいと思うマックスの時間で上映できることは僕もすごくうれしいし、反響が楽しみですね。

――実際に劇場版をご覧になってみて、どう思いましたか?

実際に見てみると、自分が現場に入る前に「こんなふうにやろう」って何となくイメージしたものが全部剥がされて丸裸にされたように感じました。岡里含め映画に登場する若者5人はみんなそうだと思うんですが、1人の人間に立ち返らされたみたいな、演技じゃできない部分を見せられた感じです。フィクションですが本当に生々しくて、みんな役者ではなくそこに生きて動いている人として出てくるので、なんかキラキラして見えたんですよね。

――まだ震災の傷跡の残る福島でロケを敢行されたそうですが、どのように撮影が行われたのですか?

この作品は芝居を作ってから撮影せず、段取りみたいなものも全くなかったんです。「よーいスタート!」とかがない現場でしたね。だから、カメラマンさんや音声さんは相当大変だったと思います。役者がどういう動きするか全然決まってないので、福島でのシーンはリハーサルもほとんどなかったです。どこまで行ったらダメとかもなく、地球がフィールドみたいな感じ。みんなカメラの位置とかを気にせず、自分が気になったら「あれなんだろう」って走って行っちゃうみたいな。でもそれだけじゃなくて、ロケバスの中で手書きの地図を渡されて「そこの電柱を左に曲がったら信号があるから、そこでこのせりふ言って」って言われることもあって。ロケバスを降りたら既にカメラが回ってて、言われたとおりに角を曲がると震災の被害の大きかった場所が広がっていたりするんです。だから、「どうやってこのせりふ言おうかな」ってところから考え始める感じ。監督もいじわるだなって思うんですけど(笑)、せりふなんか出てこないですよね。

――せりふ1つひとつを表現するのも大変だったんですね。

僕だけじゃなくて、子供たちもせりふがパッと出てこない様子でした。本気(マジ)君役の前田航基君は子役から長くやっていますが、「今までの演技の感覚じゃ難しかった」って最初は結構苦しんでましたね。だから、自分で「せりふはこういう言い方にしよう」って考えていても、現場入った初日に「こっちでどうこう考えるのはやめよう」って思ったんです。変に感じようとするのではなく、そこにある海、町、家、自分が見ているものをちゃんと見ようって思って。会話も、せりふとして言うんじゃなくて、しっかり1人ひとりと話そうって意識になっていきました。役という感覚が、みんな途中からなくなっていった気もします。僕だったら渡辺として、石井さんだったら石井さんとして…。もちろんそれぞれ演じているんだけど、“役から役がなくなっていく”感じがありました。

町がいつでも「帰って来い」って言ってる気がした

――現場はどんな雰囲気でしたか?

メインの役者5人は、不安ゆえに喋ってたような感じで、常に近い距離にいる気がしました。スタッフの方とも話していたんですが、気を抜いている人は1人もいない現場でしたね。今思うと“戦友たち”という意識でした。撮影後にたまたまNHKの廊下でこの作品のスタッフとばったり会ったんですが、思わず抱き合っちゃって(笑)。撮影中は全然そういう感じじゃないけど、終わってみると、みんな神経や自分の持ってる感性をどのぐらい引き出せるか研ぎ澄ましてる感じがありましたね。

――主人公・朝海を演じた石井杏奈さんはどんな印象でしたか?

真面目で、人一倍考えて戦ってる感じがしました。難しい現場だったと思うんですけど、技術どうこうじゃなく、気持ちで一番ぶつかっていった人だと思いますね。気持ちが常にマックスだし、「もう台本とか、そう部分じゃないところで勝負してる」と言っていました。グッときたのは、海沿いで行方不明の夫を捜すアスカ(ともさかりえ)と話した後、泣く予定のシーンじゃないのに石井さんが泣き出したとき。あれはよかったと思いました。

――注目してほしいシーンはありますか?

朝海の夢で、人が避難して誰も住んでいないはずの町でお祭りが開かれるシーンがあるんですね。その撮影のときは、本当に福島の人たちがみんな帰ってきてエキストラとして入ってくれたんです。これはやっぱりフィクションでしかできないシーンだし、夢の中の出来事ではあるんだけど、なんかすごく生々しく感じさせられて、町が生きてる感じが一番したんです。逆に、誰もいない夜の福島の町を僕と朝海が2人で歩いて、朝海が「ここが私の家だったところ」と紹介してくれるシーンも印象深いです。ここはお祭りのときと同じ地域なんですが、とても同じ場所には見えないし、それがすごく現実的だと思ったので、そういうところも見てほしいです。今は誰も住んでないけど町は死んだわけじゃないし、いつでも人を待ってる感じがして家が生きてるみたいでした。人がいないのに、廃虚みたいになってないんです。町がいつでも「帰って来い」と言ってる気がして。その感じが、お祭りのシーンと朝海が実家を紹介するシーンで感じられるんじゃないかと思います。そこは見てほしいですね。

大人が子供に見えて、子供が大人に見える

――岡里と同じく、実際に渡辺さんは阪神・淡路大震災を経験されています。

僕ぐらいの年齢は、ギリギリ震災の記憶がある世代なんです。僕の3つ下の弟は全く覚えてない。だから、震災の実感は全然なくて、テレビで当時の映像を見て驚かされる感じですね。震災を経験したのに自分では何も語れなくて、そのときは親の後ろをついて行くしかないみたいな。でもそんな人ばっかりだとも思うんですよ。岡里は震災で兄を亡くしているんですが、その事実からあんまり抜け出せていないんですよね。それはなぜかというと、岡里が小さいころに震災を経験して、それが実感に結びついてないから。岡里は精神的に大人に成り切れていないところがあるんですよね。面白いのは、朝海と岡里がしゃべっている場面。最初は岡里が先生、朝海が生徒って上下関係があるけど、最終的には同目線で、むしろ朝海が大人に見えて岡里が子供のように見えるときもある。岡里のほうが震災を分かってない感じというか。だから、大事なのは実感だと思うんです。朝海は福島で実際に震災を経験して背負わなくていい思いまで背負ってるけど、岡里はただ自分の体験にすがっているだけ。そういう点では、大人が子供に見えたり、子供が大人のように見えたりすると思いますね。

――最後に、これから映画をご覧になる方へメッセージをお願いします。

ひと言で言うと、この作品は震災を扱った映画ではあるんだけど、人が生きてるってことを明るく感じられる作品になっているので、ぜひ楽しんで見てください。

 

PROFILE

渡辺大知●わたなべ・だいち…1990年8月8日生まれ。兵庫県出身。O型。
ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカル。歌手だけでなく俳優や監督としても活躍し、初主演映画「色即ぜねれいしょん」(2009年)では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。NHK連続テレビ小説『まれ』(2015年)では二木高志役を演じた。黒猫チェルシーの4年ぶりのニューシングル「グッバイ」が、2月3日(水)に発売される。


作品情報

「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版」
2016年1月23日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
(1月16日(土)より、フォーラム福島、シネマート心斎橋、元町映画館にて先行公開)

監督:井上剛
脚本:一色伸幸
音楽:大友良英、Sachiko M
出演:石井杏奈、渡辺大知、木下百花、柾木玲弥、前田航基、津田寛治、二階堂和美、皆川猿時、ともさかりえ、南果歩、中村獅童 ほか
配給:トランスフォーマー

【STORY】
東日本大震災で被災し、現在は神戸の女子高に通う朝海(石井)。合唱部の朝海は、顧問の岡里(渡辺)から、阪神・淡路大震災の復興応援ソング「しあわせ運べるように」を行事で歌うことを提案され、沸き起こる違和感から反発するようになる。その後、朝海は小学校時代の同級生・勝(柾木)、香雅里(木下)と合流し、立ち入り制限区域になっている母校の校庭に埋めたタイムカプセルを掘りに行く旅へ。ひょんなことから旅に参加することになった岡里や、この旅の発起人である福島在住の本気(前田)とともに、5人はタイムカプセルのある小学校を目指す。

公式HP(http://livelovesing-movie.com/

(C)2015 NHK

 

●photo/中村圭吾 text/金沢優里